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雑談・意見・感想など

疾病利得について

慢性化して治らない病気には、精神疾患・身体疾患に関わらず疾病利得というものが背景にあることがあります。疾病利得とは、病気の状態が続くことで様々な福祉サービスなどの経済的支援や周囲の同情などの心理的支援を得られ、おまけに重い社会的責任・役割から免れられるといった様々なメリットが得られることです。疾病利得のため無意識的に治りたくないと思う心理が働き、何をしても治らないといった状態が続きます。

身体疾患で有名なものには慢性疼痛があります。慢性疼痛を扱う教科書には疾病利得の記述が豊富にあります。精神科の分野でも慢性疼痛同様に疾病利得は日常診療に非常にありふれております。例えば、軽い疾病利得の例では、会社で嫌いな上司がいて会社に行きたくない思いが強い場合、抑うつ、微熱や倦怠感が出現。内科で身体疾患を否定されメンタルクリニックで適応障害と診断。休職の診断書が出され、会社に行かずに済みその上司を会わないといった目標が達成されます。おまけに傷病手当といった経済的支援も得られます。やや重い疾病利得の例としては、慢性化したうつ病の方で、長期に通院することで家庭での責任や役割を一定程度免除され気持ちは楽になります。辛い役割にきちんと向き合いたくないという無意識的な心理のため「うつ病」の称号を手放すことは困難であり、難治化します。

もちろんどのケースにおいても、すべてが疾病利得で説明できることはないです。本当の疾病の部分も少なからず含まれます。医師は本人の病態のうち、どの程度疾病性がありどの程度が疾病利得であるのかをきちんと評価することが重要です。本人の生育歴、家族歴、病歴、性格、発達特性、知的レベル、置かれた社会的環境(経済的状況、友人や家族の有無、仕事の有無)、精神作用物質(酒、たばこ)使用の有無などの点を考慮しつつ、日常診療の中での細かい言動、生活上の問題への対処方法や反応の仕方、薬への反応性やアドヒアランス、通院の安定性などから評価が可能になります。こちらからあえて刺激して、本人から強い怒りや焦燥がでることを確認することもあります。

先進国は医療・福祉が充実しているため、疾病利得の人を量産しやすい傾向にあります。貧しい途上国やガザ地区やウクライナなどの戦場ではそもそも生きるか死ぬかの状態であり、疾病でいることで得をすることはありません。結果的に疾病利得の人はほとんどおりません。福祉制度の充実は先進国であることの証であり、人類の目指すべき方向としては正しいのですが、上手に充実させ利用することが重要です。

私のように毎日医療の最前線にいる立場の者からすると、過剰な福祉が疾病利得を助長し本人の生きる力や治る力を逆に奪っているのではないかと考えられるケースにあたることが多いです。障害年金や生活保護、傷病手当などの福祉サービスについて、本来必要ない方が安定的に受けてしまうと、逆に本人の働く能力や生きる能力を奪ってしまうリスクがあります。これは先進国の援助でも大きな問題になっている事象です。貧しい途上国に援助する際は、定期的にお金や食べ物を直接届けるのではなく、それらの国々が自分でお金を稼げて食べ物を生産できる力を得られるように援助することが重要です。アフリカとアジアの戦後の発展を比較するとどのような援助が優れていたのか一目瞭然です。

さらに人間には罪悪感といった厄介なものがあります。意識化できない罪悪感もあり、罪悪感そのものが自分の心身を破壊することがあります。必要のない福祉サービスに対する批判は多いのですが、無意識レベルでは本人自身が一番わかっているようです。短期的には問題なくみえますが、長期的には内的な自己が自分自身を許さず、様々な悪手を選択して自分自身で人生自体を破壊していく結末へと誘導されます。

このように疾病利得には様々なリスクがあります。

医療・福祉サービスの過剰な利用であり、本来必要な人へのサービスが削減されるリスク

本人自身の生きる能力を奪ってしまうリスク

さらに本人自身に内在する罪悪感で結局は人生が破壊されてしまうリスク

疾病利得への対処で一番のターゲットは本人の中にある怠け心、他者によくみられたいプライド、自分本位、幼児性、寂しさ、依存性、無反省などの心性です。万人に備わっている普遍的な心性であり、これらをなくすことは不可能です。まずは自分自身の中にあるこれらの心性に気づき認めることが改善の一歩となりますが、非常に困難な作業となります。

また対人援助の困難さを自覚させられます。本人のためを考えた場合、過度な援助や配慮は病気の状態をキープさせてしまうリスクがあるからです。本人のためを考えると、あえて手を差し伸べずに見守ることも選択の1つになります。

本人に関わる対人援助職の無知や熱心さ、申請書代行を行う社会保険労務士の利益重視、医療介護、心理カウンセリング業界の過度なビジネス志向も治療の妨げになることがあり非常に難しいケースも多いのが事実です。

苦悩が少し軽くなる方法について

「うつについてあれこれ」を以前書かせて頂きましたが、最近の診療で人が感じる苦悩というものにもう少し焦点をあててみたいと思いました。うつ状態になると過度に悲観的になり、自責的になり本当に苦しそうであり、薬以外の方法で何とかしたいなと常々思っております(もちろん薬はしっかり使います)。

以下に3点ポイントを書いておきます。他にも色々ありますがまだまとまっていないので今回は3点にします。

目に見えないものに配慮すること

うつ状態の方の訴えで「あんなことができない、こんなことができない」「今まではきちんと掃除や料理できたのにできない」「仕事が思うようにできない」「とにかく何もできない」・・・など「できない」「できない」「できない」が頭の中の90%以上を占めてしまうことがあります。うつ状態であるあるの多い訴えです。そんな方々の脳のバランスを整えるために、凡庸ですが以下のような話をすることがあります。

「歩ける」「食べられる」「目がみえる」「話せる」「聞こえる」いわゆる五体満足であることに少しでいいから配慮して下さいと。それらの身体的な機能は普段はあって当たり前と思っている方がほとんどで、失って初めてその大切さに気付くものです。「料理がちゃんとできない」という悩みも「食べられる」ことが当たり前になっているからでてくる悩みです。病気で口から食べられず胃ろうになっていればそもそも食べられず料理云々とかいうの悩み自体が存在しなくなります。「仕事が思うようにできない」という悩みも目や耳が普通に機能することが前提になっております。さらに悩めること自体についても、脳がちゃんと機能している証拠であり、よかったよかったと思えればいいですね。

「痛み」という症状についても面白い話があります。もともと頭痛が酷い人がいて、お腹の風邪で腹痛が強い場合に普段感じている頭痛は逆に軽減してしまうことがあります。あるいは消失してしまいます。痛みを感じられるというのも1つの部位が限界であり、2つの部位以上の痛みを感じることは人間は不得手です。意識の向け方の問題ともいえるかもしれません。悩みについても然りで、大きな悩みや苦悩があれば、より小さい悩みは軽減または消失することがあります。歩けなくなるなどの仮定でもいいので、大いなる悩みに意識を向けることが重要です。五体満足でありがたいと毎日1回は考えるだけで他の悩みをより軽くとらえることが可能かもしれません。

このように悩みはとらえ方によって変化するものですが、生活している国や地域、性別、年齢、職業、身体的な病気の有無、今いる場所(職場・学校)などによっても変化しきわめて相対的なものです。家族関係を含む対人関係にも大きく左右されます。よって悩みや苦悩は深刻になることもあれば軽減することもあり無常であることが真実です。

お金や土地と違って目に見えない無形資産ともいえる五体満足に少しでも配慮ができれば、頭の中の「できない」「できない」「できない」といった偏った主張が「あ、これはできてよかった~ラッキー」となってその「できない」「できない」の脳内割合が50%くらいに落ちてくれればいいですね。

価値判断を脇に置くこと

心理士の先生のコラムにもありましたが、人生万事塞翁は真実だと思います。当院では10歳台~80歳台の沢山の方が通院されておりますが、皆様のお話しを参考にすると、一見、不運に思えたことが幸運につながったり、その逆だったりすることが多々あります。幸運か不運かは容易に判断しがたい、という厳然たる真実に気づかされる毎日です。

受験で失敗したからこそ、自分の身の丈にあった中学や高校に進学できてのびのびと勉強できて精神的に落ち着いていられるとか。会社をパワハラで退職になっても、その会社自体が消滅して退職させられて逆によかったとか。若いことはイケメンや美人であっても年をとっていくとそれを失う苦しみがより強いので、一概にイケメンや美人がいいとも限らないとか。

~したら幸運、~したら不運というのは往々にして間違うと気づけるといいですね。結果はわからないのです。

家庭環境で不遇な目にあったとして、ダークサイドに落ちてしまう場合もありますが、その苦難が生き方や仕事に生かされる場合もあります。他者への愛情や慈悲の心が生まれるきっかけになることもあります。さらには美しい芸術作品を生むこともあります。

人間の価値判断はどうしても短絡的になりがちです。それは人間である以上仕方ない面もありますが、人生万事塞翁という格言をを頭の片隅において置き、何があっても一喜一憂しなことが災難からのショックを和らげるコツかと思います。

よって、診療の中で「私はこれからどうしたらいいか」とよく聞かれるのですが、正直わかりません・・・

下ることを楽しむこと

最近テレビで話題になった海外某大学の先生のことばで「(日本の)没落そのものを楽しみましょう」というのがあり、いいことばだと思いました。

一般的には上昇すること、上がることが評価されがちですが、次の発展や上昇のために落ちること・没落は必要であることは歴史が証明しております。近世のルネサンスも中世の暗黒時代やペストの被害があったからこそといわれております。恐竜が滅亡したからその後の哺乳類の進化、人類の誕生につながったのです。春夏秋冬の変化などは体感的に理解できますね。寒くなるから暑くなる。破壊と再生は本当は等価(同等の価値)であると考えられます。

下るという視点は年齢を重ねると誰もが味わう気持ちですが、自然や歴史をみれば下ることに対して過度に悲観的になることはないと理解できます。理解するのが難しければ、自虐ネタにして笑っちゃうのがいいと思います。具体的には長寿番組の「笑点」では、貧乏、年寄りをネタに出演者みんな楽しく笑ってます(最近はコンプラコンプラとうるさいですが・・)し、やや古いですがヒロシというお笑い芸人の自虐ネタも非常に面白かったです。

以上、勝手なことを書いてきましたが自分自身もできていないことばかりであり、日々の心がけが大切と思い診療にあたっております。

映画「ザ・ライト エクソシストの真実」をみての感想

「ザ ライト エクソシストの真実」というアンソニーホプキンス主演の映画を、昨日たまたま鑑賞しました。ローマカトリック・バチカンを中心に実際に行われているエクソシスト(悪魔祓い)の話でした。どこまでフィクションでどこまで実話かは不明でしたが、一定の事実を含んでいるものとしてみていくと、非常に面白かったです。以下に感想を含めて述べたいと思います。

悪魔に憑依された人は様々な幻視・幻聴などの症状が認められ幻覚妄想状態であり、精神医学的には統合失調症・一過性精神病性障害・解離性障害・感応精神病などが鑑別疾患として考えられました。しかし憑依された人が、治療者エクソシストの過去の出来事や未来を言い当てたり、口から釘を出したり、カエルなどの小動物を増やしたりするのは全く説明できません。

悪魔祓いの最初のクライアントは16歳の妊娠している女性でした。実父にレイプされ妊娠しこころに深いトラウマを負ったようでした。深い心の傷、苦悩が悪魔の憑依を招いたと考えられ、最近よく耳にする「闇落ち」に近いと思いました。「闇落ち」とはネットスラングですが、もともと善人であった人が「劣等感」「疎外感」「物事や世界に対する絶望」などをきっかけに、その人自身のこころの闇が表面化しダークサイドに落ちて悪人になることです。本作品で登場する若い神父さんについても、幼少期に母を亡くしたことをきっかけに本当の神様を信じられなくなりダークサイドに落ちかけたようです。母から受けた愛情深い思い出を糧に、最後の最後に神様を完全に信じ切りダークサイドに落ちずに悪魔に打ち勝つといった設定でした。

話を戻して、悪魔祓いについてですが、悪魔の正体を明かすことが何よりも重要なようです。名前を明かされると悪魔も退散するようです。当院でも心理カウンセリングを行っておりますが、悪魔の正体を明かす行為はカウンセリングで行われる過程に似ていると感じました。カウンセリングでは様々な苦悩、罪悪感、こころの闇を扱っていきますが、内的な無意識を言語化することが重要ともいわれております。皆様がよくいわれる「もやもやしたもの」「ことばにならない思い」「黒いなにか」に適切な言葉をあたえることで意識化してこころを浄化する流れが悪魔祓いに似ておりました。

また悪魔の攻撃の方法が面白かったです。基本的にエクソシストの過去の罪悪感や恐怖を刺激することで相手を苦しめようとする戦略のようです。罪悪感はこころのを扱う上で避けて通れない問題です。宗教二世、毒親のこども達でよくテーマになります。特に宗教を運営する側は信者に罪悪感や恐怖を植え付けることを重視しますが、罪悪感や恐怖を利用すると容易に人の心を操りやすいからでしょう。

憑依した身体を利用してエクソシストに直接暴力をふるって攻撃する場面もありました。このような暴力行為も最近は増えており、日常臨床でも冷や冷やすることあります汗。

16歳の少女の話に戻りますが、エクソシストにより一度は悪魔祓いをされたようでしたが、結局は悪魔がまだ残っており魂をあの世にもっていかれてしまいました。つまり胎児ともども亡くなってしまいました。その結果、治療者であるエクソシスト自身が深い苦悩に襲われ、闇落ちして悪魔に憑依されてしまうというオチがありました。私自身も、患者さんの自死や病状の悪化、過剰で不適切な要求、世の不条理などで苦悩することも多く、ダークサイドに落ちないように自身の心身のメンテナンスが日々必要と再認識いたしました。生きていく中でこころの成長のためには一定の苦悩は必要ですが、過剰な苦悩を抱くことは闇落ちするリスクがあり注意が必要と感じました。

2時間弱の映画でしたが、トラウマ、苦悩、言語化、罪悪感、恐怖、他者からの愛情、自己管理などのテーマについて今後どのように向き合うかの参考になったと思います。 また当院の患者さんでも精神医学的に説明できない症状の方や治療抵抗性の方もおられ、エクソシストに頼りたいとも思ってしまいました笑。