お知らせ
市販薬の乱用・過量服薬は「厳禁」です!!
2025年5月3日
近年、特に10歳代の若者を中心に、薬局やインターネットで自由に購入できる市販薬を過量服薬(オーバードーズ、略してOD)する行為が社会問題となっております。中には、自らのOD行為をSNS上でアピールし、「いいね」などの反応を得ることに快感を覚え、さらにODを繰り返してしまうケースも見受けられます。当院では現時点で市販薬乱用の方は少数にとどまっていますが、その背景や危険性について、警鐘を鳴らす意味を込めて整理しておきたいと思います。
人間の脳には「報酬系」と呼ばれるしくみが存在します。これは、成功体験や達成感を得た際に脳内で「ドパミン」という物質が大量に放出され、快感や充実感をもたらすしくみです。例えば
・練習を積み重ねて上達し、喜びを感じるとさらに努力を重ねる。
・仕事で成果を認められ、喜びを得るとさらに意欲が高まる。
このように、健全な形で報酬系が働くことによって、人は成長し、社会生活を豊かに営むことができます。これが本来の、あるべき「報酬系」の役割です。しかし、薬物乱用の場合には、努力や達成を伴わずに、脳の報酬系だけが直接刺激され、ドパミンが過剰に放出されます。これにより、一時的な快感が得られるものの、根本的な問題の解決にはつながりません。むしろ、現実逃避や虚無感、絶望感を深め、再び薬物に頼るという悪循環に陥りやすくなります。
以下のような成分が、特に注意を要するものとされています。
・コデイン、ジヒドロコデイン
咳を抑える作用があり、風邪薬の鎮咳成分として使用されます。依存性に注意が必要です。
・エフェドリン、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン
気管支拡張作用を持ち、風邪薬などに含まれます。中枢神経を興奮させる作用があり、精神依存のリスクがあります。これらの成分は、覚醒剤(アンフェタミン・メタンフェタミン)の合成原料にもなるため、国際的にも厳重に管理されています。
・ブロムワレリル尿素
かつて睡眠薬として使用されていましたが、自殺目的での急性中毒が多発したため、海外では使用禁止となっています。日本では一般用医薬品の鎮静成分(例:鎮静剤「ウット」、解熱鎮痛剤「ナロン」など)として引き続き認可されていますが、過量服薬によるリスクが指摘されています。
以上のような成分を安易に大量に摂取している方がおられますが、これは非常に危険な行為であり絶対にやってはいけないことです。なぜかというと脳に対して不可逆的な変化を起こすことがあるためです。つまり交通事故の脳挫傷と同様に機能が元に戻らなくなってしまいます。脳挫傷を繰り返すボクシング選手に近い状態を作っていると思って頂いても構いません。
具体的には
認知機能への影響:コデイン類の慢性乱用者では、注意力・判断力の低下や記憶障害など広範な認知機能の低下が指摘されています。白質の損傷による神経伝達効率の低下や、報酬系ドーパミン回路の変化により意欲低下が生じると考えられます。また、コデイン依存者では衝動性亢進が観察されており、前頭前野―線条体回路の機能変化と関連するとされております。このような実行機能の低下や衝動制御障害は、ADHDの特性を悪化させ思春期の社会生活(学業成績の低下や問題行動の増加)への影響は甚大なものになります。
依存形成と感情制御:コデインやジヒドロコデインはモルヒネ類似のオピオイドであり、反復使用により強い身体依存・耐性を形成します。その結果、効果持続時間が短くなると離脱症状(不安、不眠、易刺激性、身体の痛み等)が現れ、情動が不安定になります。同様に、ブロモバレリル尿素もバルビツール酸系に似た依存性を持ち、長期乱用後の中止でけいれん発作や重篤な離脱症状を生じ得ます。エフェドリン系薬剤は身体依存より心理的依存が中心ですが、慢性的な乱用は抑うつ状態や情緒不安定を招き、薬物に頼ったストレス対処が固定化することで更なる依存悪化につながります。こうした依存状態になると脳の報酬回路やストレス反応回路が薬物中心に再構築され、情動コントロール障害や意思決定能力の低下が持続します。結果として、「止めたくてもやめられない」状態に陥り、社会生活や対人関係にも重大な支障を来たします。
以上のような作用から、脳機能への影響が既に深刻であることも多く、一般診療において会話のやり取りが成立しない、何を話しているか本人も理解できていない状態となっていることがしばしば見受けられます。このような状態において、薬物療法の奏功が乏しく、治療的介入そのものが極めて困難なこともあります。市販薬の乱用により、脳には既に不可逆的なダメージが残っている可能性が高く、その影響は長期にわたると想定されます。したがって、一刻も早く乱用を中止し、二度と繰り返さないことが絶対条件です。繰り返しますが、これは「中止した方が良い」レベルの話ではなく、「今すぐやめなければならない」emergencyレベルの水準の問題です。当院では、市販薬乱用歴のある患者様に対し、診療の前提として市販薬乱用の絶対的禁止をお願いしております。これは、薬物乱用を辞められない方について当院の治療提供レベルを超えていると判断せざるを得ないです。
一方で、早期発見・介入による回復の可能性も十分にあります。適切な治療により急性中毒症状の多くは改善し得て、若年の脳は可塑性ゆえに機能回復を期待できる部分もあります。よって薬物依存の専門医療機関にてまずはきちんと治療を受けることが最優先事項と考えられます。
市販薬は一見「身近で安全なもの」という印象を与えがちですが、安易な使用や乱用によって取り返しのつかない状態に陥ることがあるという事実を、今一度認識する必要があります。はじめから「危険なもの」として認識していれば、通常は容易に手を出すことはありません。たとえば、海外旅行でも「危険地域」には近づかないのが当然の行動であるように、本来ならばリスクのあるものには本能的に距離を取るはずです。ところが、精神科でしばしば耳にするのは「精神薬は危ないから飲みたくない」という患者さんの声です。一方で、市販薬に対しては「ドラッグストアで手に入るものだから安全」という誤った安心感を抱いている方も少なくありません。これはきわめて危険な認識であり、本来注意を払うべき対象が逆転しているとも言えます。
このような誤認識が、近年若年層を中心に広がる市販薬乱用の背景にあるとも考えられます。「身近であること=安全ではない」という視点に立ち返り、薬物に対する認識を見直すきっかけとしていただければと思います。