お知らせ

不安・うつ・躁鬱・不眠・不適応に関すること

夏の暑さとパニック症について

 非常に暑い日が続いておりますが、夏になると増える疾患があります。それはパニック症です。パニック症の詳細については当院Webサイトの不安症の項目を参照ください。パニック症は夏になると増加することは日常臨床で確認されております。韓国の救急外来での臨床研究(Emergency department visits for panic attacks and ambient temperature:A time-stratified case-crossover analysis OhS, HaTH, KimH, LeeH, Depress Anxiety 2020 Nov;37(11):10991107.doi:10.1002/da.23019. Epub 2020 Apr 17)においても気温または室温の上昇はパニック発作と有意に関連し、パニック発作のリスクは、温度が 1°C 上昇するごとに 2.2% (95% 信頼区間、0.7-3.8%) 増加するとされております。

 夏にパニック症が増加する原因や背景について以下のような点が指摘されております。

脳が勘違いしてしまう

 気温が上昇したときに心拍数と呼吸数が増加するといわれております。暑いだけで体感的にも息が苦しくなります。パニック症の症状の中に動悸、窒息感、眩暈というものがありますが、気温上昇によりそれらの症状が誘発されます。本来は気温上昇によってもたらされた現象であるのに、脳がパニック症であると勘違いし、またパニック症が起こるのでは?と予期不安増大⇒本当のパニック症発症という流れになります。それは症状に集中すればするほど、症状がよりひどくなる精神交互作用というものです。息苦しさという症状に注意が向くと、症状が悪化し、さらに症状に注意を払うようになり・・・という無限ループに陥る現象をさします。

睡眠不足

 夏になると日が長くなり日の出が早くなります。日の出が早いため早朝覚醒が起きやすいことは想像しやすいのですが、長い日照時間は体内時計を短縮し、脳が睡眠に適応する時間が短くなることが指摘されております。もちろん蒸し暑い夜は、同じ時間寝たとしても熟眠感は得られず睡眠の質が悪化します。睡眠不足はパニック症を悪化させるとともに、うつ病に対しても悪影響を与えるため、抗鬱剤や抗不安薬の減薬は夏場は行わないのが原則と考えます。

 非常に暑い夏がスタートしましたが、暑さ対策をするとともに、パニック症についても再発しないよう配慮しながら過ごしましょう。

睡眠薬の正しい使い方と睡眠リズムについて

 不眠を主訴に来院されている方が多いです。また他のうつ病、不安症などの精神疾患でも睡眠障害を併発していることが多いです。当院は医療機関であるため、薬物治療を中心としており、様々な睡眠薬や精神安定剤、抗精神薬を組み合わせて個別に対応しております。しかしながら、短い診療時間で薬についてすべて説明することは難しく、患者さん本人の薬の使い方や理解が不十分なことから、その効果をきちんと発揮できていないケースが散見されます。身体の本来のリズムに沿わず、自分の好きな時間に強引に寝ようとする方などがそのようなケースに当てはまります。睡眠薬は使い方を間違えると効果が不十分になり、使用量が増加し結果的に各種副作用が出現しやすくなります。今回は睡眠薬の効果を最大限し副作用を最小化するために、日常生活の条件や環境をどのようにしたらいいかについてまとめてみます。

 睡眠は基本的に体内の生物時計のリズムによって自然に起こるものです。生物時計の1つのリズムに概日リズム(サーカディアンリズム)というものがあり、睡眠・覚醒のタイミングが制御されております。例えば日中は活動に備えて心拍数、血圧、深部体温が高くなり、夜になると松果体からメラトニンが分泌され深部体温が徐々に低下し自然な睡眠を促すとされております。現代社会においては、各人の仕事や勉強などの社会的なスケージュールが睡眠、運動、食事のタイミングに影響し、本来の概日リズムが狂いやすい状況におかれます。以下に概日リズムが狂いやすい間違った睡眠方法や考え方について、よく耳にするものを箇条書きにしてみます。当てはまるものがある方は注意してください。

・気絶するように寝たい

・自分の寝たいときに寝たい

・寝る直前までスマホをみていたい

・薬だけでなんとか問題を解決したい

・寝る前にお腹が空くので何か食べたい、食べないと眠れない

・晩酌をして深く眠りたい

・散歩や運動はめんどくさい、嫌だ

・朝日を浴びたくない

 睡眠障害は入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒、熟眠困難などいくつかに分類されますが、概日リズムをきちんと整えることは、どの睡眠障害の治療において必須事項です。下のグラフは体温と眠気の関係について簡単に表したものです。仮に24時つまり夜中の0時を入眠する時刻と仮定します(この時刻には個人差があります、若年層程遅くなります)。このグラフを参考に概日リズムを整えるために必要な条件や環境をまとめると以下のようになります。


・入眠時刻をコロコロ変えないこと

 仕事や勉強などで入眠時刻を毎日コロコロ変更させることは避けた方がいいです。睡眠障害は仕事や勉強のパフォーマンス低下につながり、総合的にはマイナスの結果となるからです。体内リズムの変化に柔軟な方の場合は、多少前後に時刻がずれてもすぐに修復できますが、体質や年齢の問題で修復に時間がかかる方や一度くるってしまうと全くリズムが戻らなくなる方もおられます。入眠時刻はせいぜい30分程度前後にずらす程度にしてください。

・入眠時刻の1時間前に薬を飲むこと

 薬を飲んですぐに布団に入ってに眠るというのは避けてください。飲んですぐには薬は効かないです。薬の効果が出現するには少なくとも30分程度かかるため、内服後30分で布団に入る→目をつぶり30分以内に眠るというサイクルにして下さい。

・薬を飲んだらスマホを控えること

 スマホのブルーライトは体内時計を狂わせるほどのパワーはないといわれておりますが、脳の覚醒作用やSNSでの情緒的な興奮作用を通して入眠に悪影響を及ぼします。薬を飲んだ後についてはスマホの使用を控えて下さい。

・夜間の照明に配慮すること

 夜間はできるだけ間接照明、暖色系照明にして照度を絞るようにしてください。

・朝日(午前中の日光)を浴びること

 人間の生体リズムは光を浴びないと毎日10分程度後ろにズレるため、日々補正が必要となります。特に午前中(9時~11時)に光を1時間以上は浴びることを参考にして下さい。意識して数千ルクスの明るい光をみることが重要です(青空をみるなど)。

・昼寝・夕寝は15分以内にすること

 昼寝、夕寝している方が非常に多いのですが、睡眠リズムがずれて固定化される場合があり注意が必要です。特に帰宅後に夕寝した場合、入眠時刻が後退することは避けられません。夕寝をする⇒入眠時刻が後退する⇒睡眠不足⇒次の日も1日中眠い、疲れていいる⇒夕寝する⇒・・・の悪循環に入るため注意が必要です。

・夕食をとる時刻に注意すること

 入眠3~4時間前までに夕食を済ませてください。お腹が膨れた状態では消化機能が活発なため深い熟眠感を得られないとされております。入眠前に小腹が空いた場合は、ヤクルト1000や消化のいいものを軽く食べるようにしてください。

・昼間は適度に身体を動かすこと

 昼間は横になりつつ、夜眠れないと訴える方も多いのです。適度な運動は良質な睡眠には必須なのは言うまでもありません。睡眠には夕方の運動がいいといわれております。

 以上、睡眠障害で薬物治療をする上で協力頂きたい項目についてまとめました。以上のことをきちんとこなせる方については、睡眠障害があったとしても薬の量は少なくて済むため副作用や依存の問題は出現しにくいです。薬の副作用や依存についてばかり過度に注目し、ご自身の生活スタイルについては絶対に変えない、あるいは変えたくないとされる方の対応は困難な場合が多いです。

適応障害における会社との適切な付き合い方について

 当院には会社員の方も多く来院されますが、その中で一番多い疾患が「適応障害」というものです。ICD-10というWHOが出している診断ガイドラインによると適応障害について以下のように記載されております。「主観的な機能と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行動を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の生活上の出来事の結果に対して順応が生ずる時期に発生する」とされます。簡単なことばに言い換えると、「環境変化に適応できずに心身が疲弊して社会生活に支障がでてしまった」状態ということです。

 典型的なのが、社会人1年目で入社後数カ月(6月~7月)頃に会社生活に不適応を起こし、軽度の抑うつ、不眠、不安、情動不安定などの軽度のうつ状態になるケースです。あるいは比較的長く会社員をしていた方でも異動、昇進などを契機に発症することがあります。通常は環境変化から数カ月で発症するのですが、数年経て発症することもあります。ICD-10では遷延性抑うつ反応と記載されておりますが、ストレス耐性が強い人が限界を超えるまで絶え続けた結果と推察されます。我慢強くて生真面目な方に多いパターンです。

 適応障害は会社員に限らず、学生・主婦などの方々にも、もちろん生じます。高校生の場合は高校入学後や学年が変ったタイミング、大学生では大学入学後や就活の時期に多く、主婦の場合は引っ越し、親の介護、夫が転勤から戻る、離婚など生活環境の変化が誘因になります。

 今回は会社員の適応障害に絞って話をすすめていきます。適応障害と診断した場合、まずは職場環境調整(異動など)が可能か検討することが最初のステップとなります。適応障害は精神疾患としては軽症の部類であり、環境調整のみで改善するケースがほとんどだからです。

 年齢が若い場合やITスキルなどスキルがある方、看護師などの資格がある方は転職しやすいため転職されるケースが多いです。転職して新しい環境で問題なければ、基本的に通院は終了となります。

 中高年の方で転職自体が困難な場合、養う家族がいて転職すると収入が落ちるために会社を辞めるに辞められない場合などは問題が複雑になりがちです。転職・退職ができない場合、基本的なスタンスとして社内の異動(業務内容の変更、苦手な人と距離をとる)タスク量の低減などで対応していくことになります。大企業で余裕がある会社の場合は問題になることは少ないのですが、中小企業で異動する部署そのものがほとんどないケースや大企業であっても業績が悪く会社に余裕がない場合に問題がこじれがちです。

 特に大企業の場合、最近のインフレの影響で新卒や若年層の給与を上げているケースが増えております。若年層の給与増額の原資として中高年の給与の減額がバーターとなっております。中高年の給与減額について、給与規定があるため表立って簡単にはできないため、リストラで給与総額を減らすことが検討されるわけです。日本では労働基準法により解雇規制が強く余程のことがない限り労働者が解雇・リストラされることはないのですが、その代わりに様々ないじめや嫌がらせにより自主退職へ誘導する方法がとられます。敢えて望まない部署へ異動させる遠くへ転勤させる無理難題をふっかけるつまらないどうでもいいような業務を命令する頑張って結果を出してもあえて評価を下げるなど本人のこころが挫けるように様々な揺さぶりを仕掛けてきます。そのような嫌がらせによって適応障害を起こすのは当然といえば当然です。そもそもの目的が心を折って本人に退職を促すことだからです。診断書で休職を指示して職場環境調整が必要であると主治医として意見するのですが、もちろんまともに対応することはないです。会社も生き残るために必死な訳だからです。

 休職後には会社としては次のステージに入ります。会社によっては休職中も細かい嫌がらせをしてくることがあります。休職中毎週病状の報告を上げさせる「あなたのことを考えるとこのまま仕事を続けてもよくないのではないか」と本人を気遣うように懐柔して退職を勧奨する復職をするための要件をどんどん上げていく復職は元の部署のみとして異動は認めない産業医面談で圧迫するたとえ会社要因であっても就業規則で定めた休職期間を超えた休職の場合に自主退職を既成事実化するなど様々な方法を使って退職へ巧に誘導していく訳です。もちろん善意に基づくものもあるのでその見極めは個別にきちんとしないといけません。

 また会社には職員の安全配慮義務というものがあるのですが、それも上手く利用されることがあります。安全配慮義務のためA業務をやらせることができないといい、あえて本人にとって不本意なB業務を指示するなど、安全配慮義務を隠れ蓑にした嫌がらせも可能です。

 このような状況に陥った場合の対処方法について以下に簡単にまとめます。

①本当に嫌がらせなのかどうかをきちんと分析すること

 会社の嫌がらせではなく単に自分自身が本当に仕事が全然できていない場合や本人が必要以上に被害的になっている(被害念慮)こともあります。特に診療場面では本人の意見のみしか聴取できないため、会社要因なのか本人要因なかの見極めは難しいことも多いです。本人が全く仕事できないため、結果的に会社から嫌がらせを受けるというケースもあります。

 当院では、会社から本人の病状についてききたいと面談の申し入れがあった場合、本人の許可が得られれば面談に応じております。面談の結果、やはり本人自身のパーソナリティや能力に問題があると気づかされる場合も多いです。

 主治医として基本的には本人の味方になりますが、あまりにも話の辻褄がおかしい場合や会社がきちんとしている場合は本人の至らない点を指摘することもあります(そのようなケースでは転院になる場合が多いです)。

②感情的にならないこと

 そこまで虐められると「こんな会社すぐにでも辞めてやる!」と自暴自棄になりがちですが、そうなると相手の思うつぼです。怒る気持ちもごもっともですが、嫌がらせを受けることも給与の内と考え、こころの中は平安にして理性的に対応することが重要です。理性的であるとともに、労働基準法、就業規則、傷病手当金、失業手当などについてきちんと学習して、退職した場合も想定して人生設計を立て直すことも必要です。また怒り自体が免疫力の低下を通して心身にダメージを与えうるので、怒りを必要以上に持続させることは結果的に自爆することにつながり勿体ないことです。

③決断は先送りにすること

 辞めることも一つの選択と思いますが、すぐ辞めるという決断はしないことです。特にうつ状態の場合は正常な判断能力を失っている場合があります。辞めることはいつでもできるので、衝動的に退職を決めることは避けた方がいいかと思います。また嫌がらせに対する仕返しという意味では長く会社に在籍することも1つの手段となります(休職中も社会保険料の按分負担が会社に生じます)。あまりにも理不尽な対応をされた場合は、小さいことですがそのような形の仕返しは可能です(もちろんあまりお勧めはできません)。

④きちんと通院すること

 後々突っ込まれないように医師の指示通りにきちんと通院することも重要です。ご自身の都合や家族の問題などで通院が安定しない方がおられますが、きちんと治療していないと判断され傷病手当金が不支給になるケースがあります。また場合により解雇の口実を会社に与えることにもなります。処方薬のもらい忘れなども注意して指示通りにきちんと通院だけはした方がいいかと思います。

⑤労災も検討すること

 あまりに会社の対応が悪い場合や不本意な扱いを受けた場合は、労災の利用を検討することも可能です。労務に詳しい社労士、弁護士に相談することが望ましいです。

 当院は労災指定医療機関ではありませんので、労災を取り扱っている医療機関をご自身で探し転院することも必要になります。

⑥働き方を見直すこと

 仕事はきちんと真面目にやるのは当たり前と思っている方もおられますが、会社の対応、待遇により働き方を柔軟に見直すのもいい機会かと思います。一生懸命に真面目に仕事に取り組んでも、評価が低いのであればサボタージュすることも対策の1つとなります。そもそも労働とは自分の人生を切り売りして、会社にそれを買ってもらっているのです。低賃金でも必要以上に頑張ってしまうとそれはただの安売りです。安売りをしていると、会社や国はそれに甘んじてどんどんと負荷をかけてくることもあります。中国では「寝そべり族」という現象が生まれているようですが、努力しても無駄なのであれば努力しない、低賃金に見合った働き方を模索するのも一つのやり方だと思います。

 海外のように解雇規制が緩い場合は適応障害は問題になりにくいと考えられます。日本では幸か不幸か解雇規制が強いため、本人と会社の関係が濃密で複雑になりやすく、社会的にも労働市場の流動性が低いため転職もしにくく、適応障害が生じやすい環境となっております。嫌な業務なら本人はさっさと辞める、会社も業務遂行に適さない場合はすぐに本人を首にするといった環境下では、適応障害を生じようとも問題はこじれにくいと考えられます。

 人間関係でも、適切な距離を安定して維持することが一番重要で一番難しいことです。会社は人間ではありませんが「法人」と擬人化して考えることも可能です。あくまでおおざっぱな例えですが、海外の場合、会社と個人は恋人程度の関係だとしたら、日本の場合は夫婦関係に相当し、よりトラブルを生みやすい状況と考えられます。

 会社を信頼して信頼しないという、矛盾しながらもバランスのとれたスタンスを維持し、経済的ならまだしも心理的には依存しない姿勢でいることが重要だと思います。