お知らせ

夏の猛暑とうつ病悪化について

最近では、最高気温が35度を超える猛暑日が連日続いており、身体的に全身倦怠感がもたらされることは、いわゆる「夏バテ」として多くの方が実感されていることかと思います。

「夏日」「真夏日」「猛暑日」「酷暑日」「熱帯夜」 の違いとは : 違いがわかる事典

精神面において、日照時間が長くなり気温が上昇することで、一般的には気分が明るくなりやすいと考えられています。季節性うつ病は、日照時間が短くなる冬季に発症し、夏場には改善傾向を示すことが知られています。

しかしながら、気温が猛暑レベルに達すると、逆にうつ病が悪化することが分かってきています*1。大規模なメタ分析によると、平均気温が1℃上昇するごとに精神疾患による死亡リスクが約2.2%増加し、精神科救急受診などの発症リスクも0.9%増加すると報告されています。また、自死のリスクも気温上昇とともに増加するという報告もあります。

以前の記事では、猛暑がパニック症に与える悪影響について取り上げましたが(「夏の暑さとパニック症」)、今回はうつ病への影響に焦点を当ててご説明いたします。

猛暑が精神疾患、特にうつ病の悪化に関与する背景には、以下のような要因が挙げられます。

・猛暑日には体温維持のために自律神経が過剰に働き、交感神経が優位な状態が続きます。この状態はストレス反応と同様で、何もしていなくても常に「全力で頑張っている」ような負荷が心身にかかっています。さらに、発汗による脱水が交感神経の過活動を助長します。

・暑さにより食欲が低下し、脳に必要な栄養素が十分に届かなくなる可能性があります。栄養不足は精神的な安定に影響を及ぼします。

・夜間の寝苦しさによって睡眠の質が低下しがちです。たとえ睡眠時間が確保できていても、深い睡眠が得られにくくなります。また、通常は夜間に体温が自然に低下することで深い睡眠が得られますが、猛暑によりこの体温低下が起こらず、概日リズム(体内時計)の乱れを招くことも睡眠の質を悪化させます。

・抗うつ薬や抗精神病薬の一部には、発汗や体温調節に影響を及ぼす作用があり、猛暑下では脱水や体温調節障害を引き起こしやすくなるため注意が必要です。

動物実験では、高温環境において視床下部のノルアドレナリンが増加し、セロトニンが減少するなど、モノアミン系のバランスが変化することが報告されています。セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質は、体温調節と気分調整の両方に関与しているため、暑さへの耐性とうつ病の発症・増悪には共通の神経的基盤がある可能性が示唆されています。

これまでは、うつ病や気分障害においては秋などの季節の変わり目に症状が悪化することが多く、主にその時期に注意して経過観察しておりました。しかし、昨今の異常な猛暑環境下では、真夏の間であっても症状悪化に十分な注意を払う必要があると考えられ、日常臨床でも対応が変わりつつあります。

以上です。

*1 Walinski A, Sander J, Gerlinger G, Clemens V, Meyer-Lindenberg A, Heinz A. The Effects of Climate Change on Mental Health. Dtsch Arztebl Int. 2023 Feb 24;120(8):117-124