お知らせ

診療一般に関すること

患者家族の望ましい態度について

 患者家族として本人にどのように接したらいいかよく質問されるのでお答えします。

 もともと統合失調症患者の家族研究でいわれていたHEE(high expressed emotion)という概念があり参考になります。本人のことを気にして過度に干渉しすぎたり、病的な行動に対して感情的な表現を強く示す家族HEE家族といいます。HEE家族の場合、服薬を継続していても統合失調症の再燃率が高いといわれております。

 HEEを参考に統合失調症以外の精神疾患の患者でも家族としてあるべき姿は以下の3点です。

・病気のしくみを知ること

 本人の病気を一般的な書籍やネットで勉強することが重要です。その際に「薬を使わないで完治可能!」「精神病は病気ではない」云々の偏った情報に惑わされないで下さい。もし可能であればきちんとした精神医学の教科書で勉強してみるのもいいかと思います。

・まずは落ち着くこと

 どうしていいかわからず混乱し、落ち着かない(精神科領域では不穏といいます)家族も多いです。パニックになり、患者さん本人より深刻な症状を示す方もおられます。まずは自分自身をニュートラルな精神状態で安定させることです。自身の安定がひいては、本人の精神症状の安定につながります。場合により自身が心療内科・精神科を受診し、必要なら薬物治療や心理療法を受けることも重要です。

・HEEにならないこと

 以上の点をクリアした上で、本人に対して不用意な刺激をしないこと、相手を無理に変えようとしないことが重要です。わからなければ余計な助言やアドバイスも必要ありません。本人とは適切な距離をとりつつ自分自身の仕事や家事をたんたんとこなしていくことです。知性・理性的な態度を大事にして、相手を変えようせず、自分自身のこころの問題、捉え方の問題であると意識して下さい。

治療の中でのアルコールの危険性について

 当院では初診時にアルコールの摂取量について必ず確認させて頂いております。先日の投稿で睡眠が治療の一丁目一番地と記載しましたが、アルコール摂取が多い方は節酒ないし断酒が治療を開始する際の必須条件となります。

 特にアルコール依存症の場合、自分はたいして飲んでいないと話す場合も多く(否認という症状ですが)、こちらも酒量を正確に把握できずに治療に行き詰るケースもあります。

 どのような心理療法や薬物治療を行ってもアルコールの影響が大きい場合は治癒に至らないケースがほとんどです。

 当院でも節酒薬、断酒薬の処方はしておりますが、酒量のコントロールができない場合は集団精神療法ができる医療機関への転院をすすめております。

当院で行っている治療のターゲットについて解説

 治療を行うのに何らかのターゲット(目標)が必要と考えます。今回は漠然としがちな治療目標について、以下の認知行動療法のモデルを使いながらわかりやすく説明します。

 上記の図でいうと、不安や抑うつなどの精神症状は気分・感情に含まれ、頭痛、めまい、動悸などは身体症状に含まれます。

 治療の目標・ターゲットについてですが、

 「気分・感情や身体症状を安定した状態に持っていくことで、生活の中でよりよいパフォーマンスを発揮できること

 としております。

 薬を飲むか飲まないかについては後で述べますが、「必要な薬は飲んで必要ない薬は飲まない」といった中立的な姿勢がいいかなと思います。

 また目標へ至る方法論については以下の4つのものがあります。

認知・思考の柔軟さ

行動の変容

環境・状況を変えること

薬を飲むこと→精神症状・身体症状へ直接介入

 さらに4つを支えるものとして、良質な睡眠経済的な安定があります。経済的な安定については如何ともし難い所はありますが、睡眠については治療介入でなんとかなります。睡眠は治療の中では中心になるくらい重要な項目です。睡眠が安定してとれないとそれだけで治療は前に進まないことが多いです。

 それでは順に方法論についてまとめます。

認知・思考の柔軟さ

 心理士による認知療法で介入する部分です。簡単にいうと、「まあいいや」と思えること、流せること、柔軟で広い視点の思考ができることがポイントです。脳の劣化などで認知機能が落ちると思考が硬くなり柔軟さがなくなりますが、元々頑固でこだわりが強く被害的に物事をとらえるような人も沢山おられます。思考の偏りや癖が気分・感情や身体症状に影響を与え様々な症状を引き起こしますが、本人はそう考えていない場合も多々あります。また「こうこう~あるべき」といった「べき思考」が強い方も柔軟さに欠けることが多く、脳が疲弊して精神症状を引き起こしがちです。

 また視点を広げることについて、時間・空間の両方の広がりがあります。

 空間的な視点の広がりとしては、高い視点、例えば5mの高さからみてみるとか想像してみます。自分自身や周囲の状況をより客観視できそうですね。またさらに上まで上がって高さ100㎞ではどうでしょうか?人間が豆粒より小さくなり、いろいろなことがどうでもよくなりそうですね。

 時間的な視点の広がりとしては四苦八苦・諸行無常などの仏教の先人の知恵を借りることもいいと思います。特に対人関係で相手(上司や親、夫など)を許せないという方が多いのですが、人間の寿命や病気の発症時期を意識すると怒りが緩和することもあります。相手が50歳代であればせいぜいあと20~30年弱の寿命であり、それまでに病気を発症する確率も高いのです。またパワハラをするような人自身が常にストレス状態であることも多く、免疫力低下や血管損傷から早く健康寿命を迎える可能性が高いとも思われます。自分のことを責めてくる上司がいたら、上司は怒るたびに寿命が3日短くなると思えば可哀そうにもなりますね。人間関係について袋小路に入っている場合、そのような状況は永続しない、変化していくという事実を再確認することが重要です。

行動の変容

 行動というファクターが非常な疾患もあります。特に不安障害では行動することは必須です。薬を飲んで不安がある程度改善しても、「回避」して自宅にひきこもり実社会で行動しなければ、生活の中でよりよいパフォーマンスを上げているとはいい難いからです。学生であれば学校に行くこと、不登校にならないこと、職業人であれば、会社に休まず行けることなど基本的なことですが重要です。最近は在宅でできることも増えておりますが、人間が社会的動物であることから適度な社会参加は精神症状・身体症状の改善にプラスに働くことが多いです。回避・引きこもりは短期間であったり暫定的なものであればいいのですが、長期にわたると悪影響の方が大きくなる印象です。長期の引きこもりの結果、自宅で暴れたり、自殺を考えたりといった自己破壊的になる方も多いです。

 また外で活躍することは今までできなかったことができて結果がでることを通じて自己肯定感が高まり、それも症状改善にプラスに働きます。上の図でいうと行動が認知・思考に影響するのですね。

 例えば社会不安障害という対人恐怖では、自宅にいればほとんど不安症状はでません。しかしながら薬を飲んででも症状を抑え積極的に人に会うことが重要です。会議や人前でもしっかり発言することを繰り返し、馴化(慣れること)していき不安を乗り越える姿勢が大事です。もちろん自宅に引きこもっていれば不安症状はでないのですが、それは問題の先送りに過ぎず、「自分は何もできない」と自己肯定感が下がることで問題をさらに複雑にさせがちです。馴化がすすんでしばらく寛解の状態(安定した状態)が続いたら、薬を減薬して中止までもっていければなおさらいいですね。もちろん薬をやめられない方もおられますが、それはそれで外で活躍できていれば治療はうまくいっていると考えます。

 広場恐怖症では積極的に電車・バスに乗り人混みに行くこと、閉所恐怖では狭い空間にあえて挑戦することなど、不安に対しては負けないで立ち向かう強い姿勢が治療に不可欠と思います。もちろん治療途中で疲れることも多いので所々で適度な休憩をとることも必要です。

 またよく問題になるのは強迫性障害です。手洗いが辞められない、確認が辞められないなど。これらについても薬物療法に加えて「手を決して洗わない」「確認は1回まで」といった行動療法を併用することが重要です。具体的には階層表を心理士の先生と一緒に作成して治療を行っていきます。強迫性障害の方の中で薬物療法を嫌がる方もおられますが、薬物療法なしの行動療法のみでは結構トレーニングがきついです。しかも不安障害よりは病態水準が重い病気なので薬物療法の併用は望ましいと考えます。

環境・状況をかえること

 簡単なところでは、例えば対人関係や隣人トラブルが起こったときのことです。家庭の問題では別居する、引っ越すなど、職場の問題では転職する、休職する、配置転換するなどで嫌な人と距離がとれれば症状は改善します。環境・状況を変えるだけで精神症状・身体症状が劇的に改善するケースも多いです。いわゆる適応障害ではこの環境調整が治療上必要となります。

 職場でのトラブルとして多いものに、長時間労働、労働内容が全く合わないのに異動させられた、上司のパワハラ・セクハラ、同僚からのいじめ、左遷させられた、派遣と正社員の差別待遇、くだらない業務をさせられるなどなど様々なものがあります。嫌な職場であればさっさと辞めてしまえば問題にならないのですが、基本的に正社員制度のため労働市場が流動化していないことで退職してもすぐに仕事がみつからないため、退職もままならずこれらの問題が生じやすいと思われます。またばかばかしい業務や労働内容が合わないなどは職務型・ジョブ型の労働になれば生じにくい問題とも思いますが、現在はまだそのような雇用形態は少ないですね。業務内容が合わない場合や人間関係のトラブルなどで診断書にて配置転換が必要などかくことも多いのですが、本当は病院に来る前に会社で対応していただけるとうれしいです。また診断書があっても、配置転換や業務内容については基本的には会社が判断することなので結局なんの配慮もされないケースも多いです。労災などで会社側と争うことも労多くして益少なしになりがちです。基本的に争いなので双方が傷つき、弁護士以外の益は少ない印象です。攻撃する方も長期にわたるため慢性的な怒りによって体内の免疫力低下、癌や心筋梗塞の発生などにつながり心身に影響がでることもあります。

 また家庭内でのトラブルで多いものは、隣人の騒音トラブル、夫婦仲が悪い、こどもの養育、親の介護、発達障害や認知症の家族がいて話が通じないなどなど。職場よりさらに環境・状況をかえることは難しいです。もちろん経済的な基盤があれば別居や離婚などで解決しやすいのですが、困難なケースがほとんどですね。結局はどこかで折り合いをつけながら、症状を慢性化させながら薬を飲みながらといったパターンが多いです。最終的には認知を変えるしかない、つまりとらえ方を変えるしかないという人も多いですね。

薬を飲むこと→精神症状・身体症状へ直接介入

 薬を飲まないこと=治ったではありません。薬を飲まないことにこだわる方がいますがそれはやや違うと思います。治癒状態とは「気分・感情や身体症状を安定した状態に持っていくことで、生活の中でよりよいパフォーマンスを発揮できること」であり薬を飲んでいるかどうかは問われていないと思います。通院しているかどうかもあまり関係ありません。必要な薬は飲み、必要ない薬は飲まないといったシンプルな考えでいいと思います。薬は中立的にとらえることが重要です。

 「アルコールは普通に飲むが薬は抵抗がある」という人がいますが、これは間違っています。アルコールの方がどこでも購入できかつ依存性もあり非常に危険な飲料です。薬はなんだかんだ病院にいかないと手に入らないのでひと手間あり、手に入れるのがめんどくさいので依存にはなりにくい面があります。依存はアクセスしやすさと相関関係があるので、例えばギャンブル依存の場合でもパチンコは駅前にあちこちあり依存しやすいが、カジノは外国までいかないといけないので依存しにくいといったことがあります。

 薬の役割で重要なのは、環境・状況を変えられず、認知もなかなか変えれない、行動も難しい場合に直接精神症状や身体症状を変えることができる点です。ひとつは良眠を通して、ひとつは脳への直接作用を通してです。薬が面白いのは感情に直接働き、認知や行動に影響を与えられることです。感情が楽になることで、認知の方が「まあいいや」といった柔軟な思考に変わることが期待されます。特にホルモン異常に起因する月経前症候群などでは効果がしっかりでます。また頭痛・腹痛・下痢・便秘・動悸・めまいなどの身体症状、特に痛みですが、改善することでそれが認知や感情に影響を与えます。痛みがないだけで気持ちよくなりますから、当たり前ですね。

 境界型パーソナリチィ障害などの病気はとにかく感情の激しさが強いため、その影響で認知、身体反応、行動に様々な影響を与えます。もちろん認知の歪みも大きいのですが・・。治療ではこの感情の激しさを抑え自殺を予防しつつ年を重ねていきエネルギーが落ちる年齢になるまで寄り切ることが中心となります。薬は必須の病気と考えますが、過量服薬などもありあまり沢山は処方できない問題もあります。

 また当院で行っているHRV呼吸、TFT、BCTなどのなども直接感情や身体症状に影響を与えられる心理療法も行っております。薬にばかり頼ると副作用もでるため、このような心理療法やセルフケアの併用も重要です。

 以上、治療のターゲットとそこへ至る方法論を簡単にまとめました。診察でもよく話している所ですが、短い診察時間で話し切れていない部分も多いので参考にして下さい。最後に繰り返しますが、良質な睡眠は治療の一丁目一番地と考えていいほど重要です。良質な安定した睡眠だけは必ず実践してください。