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「動かない」がもたらす若年層の廃用症候群

廃用症候群とは、身体の活動性が低下することによって、全身の器官や組織の機能が二次的に低下していく病態の総称です。この概念は、もともと脳血管障害や大腿骨骨折などをきっかけに、長期の寝たきり生活を余儀なくされた高齢者における「過度な安静」に伴うものとして、老年医学やリハビリテーション医学の領域で重視されてきたテーマです。たとえば、急な腰痛(ぎっくり腰など)の治療においても、かつては「絶対安静」が最優先とされていました。しかし現在では、過度な安静が逆に回復を遅らせることが判明しており、早期から無理のない範囲で身体を動かす方が、より良い経過につながるとされています。

最近の診察室において、かつては寝たきりの高齢者の方のものと考えられていたこの「廃用症候群」と同じ状態が、現代の若い世代の間にも広がっていると実感することが増えています。不登校やひきこもりによって活動量が減り、自室でスマートフォンやタブレットなどのデジタル画面を長時間見続けるライフスタイル、特に「ベッドの上で一日中横になったまま画面を見続ける生活」は、若年層の精神的・身体的なもろさ(脆弱性)を進行させてしまうのではないかと危惧しております。

身体的な視点から見ると、廃用症候群は筋肉の萎縮や関節の拘縮、骨密度の低下、さらには心肺機能の低下や血流障害など、全身の生理システム全体の機能低下を招きます。人間が二足歩行を行う際には、重力に抗して姿勢を維持するために「抗重力筋(大腿四頭筋や下腿三頭筋、背筋など)」を常に働かせていますが、ベッドの上で過ごす生活が続くと、これらの筋力は急速に衰えてしまいます。また、骨格筋(筋肉)の低下はインスリン抵抗性を悪化させ、基礎代謝を減少させて肥満を招きやすくなるだけでなく、下半身から心臓へ戻る血液量(静脈還流量)の低下を引き起こします。その結果、心臓から送り出される血液量が減少し、わずかな起立動作によっても血圧低下や頻脈(ひんみゃく)を来す「起立性調節障害」のような状態に至るのです。つまり、若い方が自室にひきこもり、横になったまま過ごす生活スタイルは、いわば「寝たきりの高齢者」と同じような身体機能の低下を自ら引き起こしてしまっていることになります。

この身体機能の低下は、当然ながら自律神経系にも大きな影響を与えます。本来、人間の自律神経系は、太陽の光や身体活動、食事といった物理的な刺激に同調して、一定の日内変動(サーカディアンリズム)を刻んでいます。しかし、閉ざされた空間での活動低下や、夜間のブルーライト曝露(ばくろ)は、交感神経と副交感神経の切り替えメカニズムを大きく狂わせてしまいます。その結果、前述した起立性調節障害の悪化に加えて、頭痛やめまい、ふらつき、腹痛、下痢、便秘といった、多彩な自律神経失調症状を誘発することにつながるのです。

さらに懸念されるのは、小さな液晶画面から流れてくる情報が、アルゴリズムやSNSの「フィルターバブル」によってパーソナライズされ、ご本人の既存の関心や偏った認知のみが強化されやすいという点です。テレビであれば、自分が興味のないジャンルのニュースや番組、CMも自然と目に入る機会がありました。しかし現代では、テレビを見る機会が減り、動画配信サービス(Netflixなど)で自分の興味のあるコンテンツだけを選択して視聴する環境が増えております。特にX(旧Twitter)などのSNSにおいては、近年のアルゴリズム変更によって「自分が興味のあるもの」や「エンゲージメント(反応)の高いもの」がタイムラインに最優先で表示される仕様が強化されました。その結果、精神科領域においては、いわゆる「トラウマ界隈」と呼ばれるような、受動的攻撃性や「すべては社会や環境のせいだ」という極端な被害念慮を肯定し合う言説がタイムラインを埋め尽くすケースも散見されます。このように一方的で偏った情報を受け身の状態で浴び続ける生活は、脳、特に高次脳機能を司る前頭葉への適切な刺激を妨げ、思考力や現実検討能力の低下を招くリスクがあります。さらに、数十秒あるいは数秒ごとに動画が切り替わるTikTokなどのショート動画は、「待つこと」への耐性を低下させ、衝動性の悪化を助長しているとも言われています。症状が進行すると、「音楽を1曲も最後まで聴けない」「ドラマを最後まで見られない」「漫画さえ読めない」といった状態に陥る方もおられます。このように判断能力が低下し、衝動性が亢進している状況下で、アルゴリズムによって増幅された被害的・妄想的な世界観を「現実」として捉えてしまうと、認知の歪みはますます悪化し二次的に抑うつ状態や不安、パニック、軽躁、妄想、解離など、多彩な精神症状を形成することになります。

このような心身の廃用症候群が進行した不登校やひきこもりの若年層において、臨床的に非現実的な認知の歪みが観察されることがあります。本人の内面では、「勉強という負荷は負いたくないが、将来への不安から大学には進学したい」「朝起きられず教室に登校する体力も気力もないが、通信制高校へ転学するという選択肢は自尊心が許さない」「課題の提出や試験の受験という義務は果たしたくないが、高校の卒業単位だけは欲しい」といった、現実的な両立が困難な二律相反の欲求に挟まれ、身動きが取れなくなっているケースが見られます。これは、単なる性格の甘えや怠惰によるものだけでなく、これまでに様々な負荷(ストレス)を回避した結果、脳の認知機能や判断能力が一時的に低下し、現実的な予測や自己客観視をすることが難しくなっている状態を反映していると考えられます。

問題の背景には、学校現場における対応の難しさも影響しています。学校側としては、校内で自死などの重大事態が発生することを最優先で防がねばならず、結果として「寄り添い」や「受容」を重視する傾向があります。これは、現在のコンプライアンスを重視する社会状況を鑑みれば、やむを得ない側面もあります。しかし、その場の危機を乗り切るための安易な現状維持の肯定は、結果として本人が直面すべき現実の課題からの「回避」を促し、問題を先送りにすることにもつながりかねません。もちろん、統合失調症や重度のうつ病など、医学的に休養を最優先すべき疾患は確実に存在します。しかし実際の臨床現場においては、そうした明確な精神疾患は認められないにもかかわらず、軽度の不適応や心理的負荷から「回避」を続けることで、結果的に不登校やひきこもりが長期化し、先述した心身の廃用症候群を悪化させているケースが少なくありません。

当院のコンセプトは、一時的な気休めやその場しのぎの対応ではなく、保険診療のもと、患者様が再び社会の中で健康的に自立し、活躍できるよう誠実に支援することにあります。そのため、状況によってはやや厳格な対応であると感じられる場面もあるかもしれません。しかし医学的な観点から言えば、どれほど丁寧な心理的アプローチを試み、あるいは適切な薬物療法を駆使したとしても、人間が社会生活を営むためには「最終的には自らの足で歩み、現実の負荷を引き受ける」ことこそが、回復への確実な近道です。たとえば整形外科において、痛みを恐れて歩行訓練を拒否し続ければかえって歩けなくなってしまうのと同様に、精神科領域においても、社会的な負荷からの回避やひきこもりを放置することは、将来的な社会復帰をより困難にするリスクをはらんでいます。医療が提供できるのは、直面する現実の痛みを和らげるための薬物療法や、社会や学校へ一歩を踏み出すためのカウンセリングといった、いわば「現実を生き抜くためのサポート」です。その支援を足場にして、自らの意志で生活習慣(自宅でのスマートフォン利用の制限1日1時間以内、食事、運動、睡眠の管理など)を整えていくのは、他ならぬ患者様ご本人です。もしスマホ制限をご自身でできない場合はオフラインキャンプなどへの参加がすすめられます。当院は、安易な寄り添いでその場を凌ぐ「先送りの医療」ではなく、患者様の未来の社会適応を真に見据えた医療を提供したいと考えております。

当院では以上のような背景を考慮した診療を行っております。初診ご予約希望の方はまずは診療相談または予約サイトからお問い合わせください。

参考文献

  • American College of Sports Medicine. (2018). ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription (10th ed.). Wolters Kluwer.
  • Corcoran, P. J. (1991). Use and disuse of salivary glands, skeletal muscle, and bone. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 72(8), 601-604.
  • Twenge, J. M., Campbell, W. K., & Joiner, T. E. (2018). Increases in depressive symptoms, suicide-related outcomes, and suicide rates among US adolescents after 2010 and links to increased new media screen time. Clinical Psychological Science, 6(1), 3-17.
  • 内閣府. (2023). 『子供・若者のひきこもりに関する実態調査報告書』. 内閣府政策統括官(政策調整担当)編.