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15歳の転換点:子どもの将来は「親の育て方」で決まるのか?
2026年2月22日
「私の育て方が悪かったから、この子はこうなってしまったのでしょうか……」 診察室で、涙ながらにそう吐露される親御さんは少なくありません。しかし、最新の科学、特に「行動遺伝学」の知見は、そのような親御さんの重い自責の念に対し、これまでの常識を覆すような認識をもたらしてくれますので以下のまとめを参照いただければと思います。
今回は、慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康氏の知見(運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功法則」 NHK出版新書 参照)と、当院での臨床経験を交えながら、子どもの成長と「親の役割」についてお話しします。
現代の子育てにおいて、家庭環境や親の教育投資が子どもの将来を決定するという「環境決定論」は根強く支持されてきました。しかし、最近の行動遺伝学の知見は、こうした通説に科学的な再考を迫っています。 双生児法を用いた膨大なデータ解析により、知能や学力、さらには性格や精神疾患に至るまで、人間のあらゆる特性には、遺伝が無視できない影響を及ぼしていることが明らかになってきました。
一般的な直感では、年齢を重ねるほど教育や経験(環境)の蓄積が個性を形作ると考えがちですが、行動遺伝学のデータは逆の結果を示しております。知能や学力の遺伝率は、児童期よりも成人期の方が高くなる傾向があり、これを「ウィルソン効果」と呼びます。この傾向は、子どもが親から離れ、自らの資質に適した環境を能動的に選択するようになる過程を反映しております。

*共有環境:同じ家庭で育つ兄弟を似させる方向に働く要因を指す。具体的には、親の学歴、世帯年収、家庭内の蔵書数、読み聞かせの習慣など。
中学校から高校へと進学する15歳前後という時期は、子どもの特性において「家庭環境(共有環境)」と「遺伝」の寄与率が逆転する、人生の大きな節目となっております。診療の現場でも、この頃から急にADHDなどの特性が目立ち始めたり、性格が劇的に変化したりするケースによく遭遇します。これは、子どもが親の「操り人形」であることを辞め、自らの内なる声(つまり、自身が持つ遺伝子の設計図)に従って、自分の世界を作り始めたサインと考えられます。
幼少期には「親が用意した環境」に従順だった子どもが、15歳を過ぎる頃から「自分の遺伝子に合った環境」を自ら選び取り、自分自身の人生を歩み始めます。親はこの変化を「反抗期」や「教育の失敗」と捉えるのではなく、子どもの「遺伝的な自立」ととらえ、サポートしていけるとよろしいかと思います。
また非共有環境という概念があります。友人関係、先輩・後輩・先生との出会い、部活動、バイト、たまたま読んだ本、映画などの体験、病気や怪我など主に家庭外での経験や出来事、偶然の体験・経験を指しております。非共有環境は共有環境よりも子どもの将来に大きな影響を与えるとされております。

以上をまとめますと、子どもの将来を決定する要因の順位は、おおむね以下の順であるとされております。本人が持って生まれた「遺伝子」と、本人が出会う「周囲の人々」という2つの要素こそが、人生で大きな役割を果たします。
- 遺伝子(本人が持って生まれた資質)
- 非共有環境(友人関係、先輩・後輩・先生との出会い、部活動、バイト、たまたま読んだ本、映画などの偶然の経験、病気や怪我)
- 共有環境(親の育て方や家庭環境)
当院は大人を中心とした医療機関ですが、児童精神科や児童心理の領域では、「親の関わり」を過大評価しがちな傾向があると感じております。確かに幼少期においては、家庭という「共有環境」の影響が比較的大きいため、親の関わりに焦点を当てるのは理にかなっている面もあります。例えば「愛着障害」という概念も、児童の領域では中心的なテーマですが、大人の臨床においては、それを主要な焦点として扱うことはそれほど多くありません。これは、発達段階が進むにつれて、人の特性は親の影響下を離れ、個人の資質(遺伝子)や外部環境(友人・社会)へと比重が移っていくためです。かつて児童精神科やカウンセリングで指摘されたことを、今もなお重く受け止め、自分を責め続けている親御さんも少なくありません。しかし、子どもが成長した今、当時の指摘を一度脇に置いてみることをお勧めいたします。お子さんの「今」の姿は、決して親の育て方だけで形作られたものではないのです。
小熊をどれほど可愛がって育てても、成長すれば本来の野生の本能(遺伝子)が現れます。時に、愛情深く育てた養育者が、成獣となった熊に襲われてしまう悲劇が報じられることもありますが、これは人間社会にも通じる真理を含んでいます。教育というレールを敷き、親が無理やり子の方向を変えようとしても、最終的には本人の資質が向かうべき方向へと進んでいく。それが自然の摂理なのです。
もし、今あなたがお子さんの現状を見て「自分の育て方のせいだ」と苦しんでいるなら、その重荷を下ろして頂けたらと思います。子どもは親の所有物ではなく、独自の設計図を持った一人の独立した存在です。そう捉え直すことで、子育ても少し気楽に向き合えるようになるはずです。
こうした視点に立つと、親にできることは実はそれほど多くありません。子にできることは以下の点くらいでしょうか。
①「生活環境」を整える: 本人の資質に悪い影響を及ぼす環境からは、物理的に距離を置けるよう手助けすることが重要です。特に、薬物や犯罪に関わるような「悪友」との関係、あるいは生活リズムを著しく乱す夜間の活動などには注意を払い、本人の身が守られる環境を整えてあげましょう。あわせて、家庭でできる「土壌づくり」として、以下の基本的な生活基盤を共に整えていくことをお勧めします。
・栄養価の高い食事の提供
・質の高い睡眠環境の整備
・無理のない範囲での運動習慣(一緒に)
②「種」が育つのを見守る:ひまわりの種がバラとして咲くことはありません。子どもが「何の種」として生まれてきたのかをじっくり観察し、その子らしく咲ける土壌を整えてあげましょう。
③親自身が自分の人生を生きる:子どもの人生に過剰に介入せず、親自身が自分の人生を充実させてください。親が自分らしく生きる後ろ姿を見せることこそが、子どもに「自立」とは何かを教える、何よりの教育となります。
「子どもはなるようにしかならない」という言葉がありますが、それは単なる諦めの言葉ではなく、子どもという一つの「自然」を尊重し、信頼するためのキーとなる言葉です。 お子さんの特性を「遺伝子の個性」として受け入れ、本人が自分の資質に合った場所(ニッチ)を見つけられるよう、サポーターとして伴走していけたら素晴らしいかと思います。