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医療における生成AI利用の落とし穴:精神科臨床の現場から

近年における生成AI(人工知能)の進化と普及のスピードは目を見張るものがあり、私たちの日常生活やビジネスの場に急速に浸透しています。当院に通院されている患者さんの中にも、日々の疑問や体調管理、さらにはご自身の病気や薬についての相談相手として生成AIを日常的に活用されている方が多く見受けられます。AIは膨大な医療データを瞬時に整理して提示してくれるため、一見すると非常に有益なツールのように思えますが、精神科医療の現場においては、その利用が病状の回復を妨げたり、かえって混乱を招いたりするリスクを孕んでいることも事実です。今回は、専門家ではない患者さんが医療、特に精神疾患やその治療において生成AIを利用する際の注意点について、詳しく解説してみたいと思います。

まず患者さんが生成AIに薬の副作用について相談することは、治療上の大きな不利益につながる可能性が高いため、慎重であるべきです。なぜなら、生成AIは医薬品の添付文書などに記載されている膨大な「可能性として非常に低い副作用」も一律に照合して回答するに過ぎず、個々の患者さんの複雑な身体状況や精神症状を多角的に鑑別する能力を持たないからです。例えば、抗うつ薬などの服用を始めた患者さんが、頭痛や吐き気、下痢といった身体症状に見舞われた際、AIに相談すると「薬の副作用の可能性があります」と画一的な回答を出力することが多々あります。しかし実際の臨床においては、それらの身体症状が薬の副作用であるケースはそれほど多くなく、むしろ「うつ病」という疾患自体が持つ主要な身体症状の一部であることや、自律神経の乱れ、あるいは薬に対する強い恐怖心や予期不安(ノセボ効果)によって引き起こされていることが多いです。人間は「薬を飲んだ後に症状が出た」という時間的因果関係に囚われやすく、AIから副作用の可能性を支持されると、「この薬は危険だから絶対に飲んではいけない」という極端な決めつけ(服薬自己中断)を起こしやすくなります。特に不安が強い患者さんにその傾向がございます。精神科の薬物療法における副作用の評価は、薬の投与量・開始時期や服薬タイミングだけでなく、現在の精神症状の推移や生活環境の変化、十分な睡眠時間の有無など、多角的な面を総合的に検討して初めて診断できるものです。薬に対する恐怖心や不安が強い方ほど、AIの不正確な指摘によってせっかくの有用な治療薬を無駄にしてしまう結果になりかねません。

また、生成AIが持つ「過剰な受容性と寄り添いの姿勢」が、精神疾患の病状をかえって悪化させるリスクがあることにも警戒が必要です。一般的な対話型AIは、ユーザーとの円滑なコミュニケーションを維持するために、相手の主張や感情に対して肯定的に同調(ハルシネーションを伴う追従)するアルゴリズムが基本となっています。しかし、これが精神科医療における認知の歪みや妄想性障害、統合失調症、神経発達症に伴う一方的な思い込み(主観的認知)に対して働くと、危険な結果を招くことがあります。精神科臨床において、患者さんの持つ妄想や極端に偏った考えに対しては、「否定はしないが、決して肯定もしない(中立的な現実検討の場を維持する)」という原則が存在しますが、AIは患者さんの一方的な見方を訂正せず、むしろその考えを全肯定して補強するような文章を生成してしまいます。結果として、客観的な事実からますます乖離し、自身の歪んだ思考や妄想が「AIによって正しさが証明された」と強化され、病状の慢性化や悪化を招いたケースを私も実際に拝見しております。

そもそも論として、現在の生成AIが持つ「明確な答えを出そうとする決定論的な性質」は、精神疾患という非常に曖昧で個別性の高い対象とは本質的にそぐわないという限界があります。私たちが日常的に扱う「うつ病」や「発達障害」といった言葉は、便宜的な診断名に過ぎず、その内実や背景にある概念は多岐にわたります。例えば、国際疾病分類(ICD-10/ICD-11)などの診断基準を満たすうつ病であっても、実際には双極性障害(躁うつ病)のうつ状態であったり、重度の不安障害が根底にあるうつ状態であったり、神経発達症(ADHDやASD)の特性による生きづらさが二次障害としてうつ病の形をとっていたりします。さらに老年期のうつ病のように、加齢による脳の機能変化や老化現象とグラデーションを成しており、抗うつ薬の効果が明瞭に出ないケースも日常茶飯事です。精神科臨床とは、こうした複雑で輪郭の曖昧なグラデーションの中から、言語化されにくい文脈や非言語的ニュアンスを汲み取り、個別的な最適解を模索していくプロセスに他なりません。すべてケースバイケースです。明確なデータのパターン処理を得意とする一方で、文脈依存的な曖昧さの処理を苦手とする生成AIには、精神科医療の中核は代替できないと考えます。

生成AIは一般的な医療情報の検索や、確立された医学的事実を確認するためのツールとしては非常に洗練されており、私たち医師にとっても日進月歩の医療知識を補う補助として有用であることは間違いありません。しかし、治療の主体である患者さんご自身が、デリケートな精神症状の解釈や薬の自己判断、認知の検証のためにAIに依存することは、客観的な治療を歪めてしまう大きな罠になることがあります。治療において最も重要なのは、AIが出力する画一的な「答え」ではなく、診察室という現実の空間で、医師をはじめとする専門家と多角的な視点から通院・カウンセリングを重ね、曖昧さを受け入れながら一歩ずつ進んでいくプロセスそのものです。AIの提示する情報を鵜呑みにせず、少しでも体調や薬に不安を感じた際は、必ず主治医や心理師に直接ご相談いただき、客観的な医療判断のもとで治療を続けていただきたいと考えております。