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低体重がメンタルヘルスに与える影響

今回は日常臨床でよく認められる低体重とそのリスクについて共有したいと思います。 低体重は一般的にはBMI(Body Mass Index:体格指数)18未満をさしますが、日常臨床上、特に16未満の方は注意が必要です。

「昔から少食で低体重ですけど、特に体調が悪いわけではないです」「ダイエットをしているつもりはないが、今の体型が自分にとっての普通」。このように語る若い女性に診療で出会うことがあります。ファッションを綺麗に着こなし、日常生活も問題なく送れているように見えるかもしれません。しかし医学的な視点からは、低体重状態を放置することには、メンタルヘルス上のリスクが隠されています。たとえ食事制限という自覚がなくても、慢性的なエネルギー不足に陥った脳は、本来持っているはずの集中力や感情の安定を阻害する可能性があります。

 低体重状態の脳において、脳の画像上「偽性萎縮」と呼ばれる現象が認められることがあります。私たちの脳は、体重のわずか2%ほどの重さしかありませんが、体全体のエネルギーの約20%を消費する極めて燃費の悪い臓器です。低体重の状態が続くと、脳はエネルギー不足に陥り、神経細胞が密集する「灰白質」とよばれる部位の体積が、画像診断上でも減少します。これは脳が老化して壊れたわけではなく、限られたエネルギーを維持するために、脳が一時的に萎縮して機能を抑えている状態です。この状態で、前頭葉の機能が低下し本人が気づかないうちに学習効率や仕事のパフォーマンスが低下していることが少なくありません。

脳内のエネルギー枯渇は、単なる思考力の低下に留まらず、その人の性格や対人関係のあり方さえも変質させます。1944年に米国で実施された「ミネソタ飢餓実験」は、低体重がいかに人間の精神を破壊するかを描き出しています。被験者たちは体重の減少に伴い、感情の起伏が消失する「感情平板化」を呈し、深刻な無気力や抑うつ状態に沈んでいきました。それと同時に、些細な刺激に対しても異常に過敏となり、攻撃性の高まりや自傷行為、さらには一部で幻覚妄想状態すら観察されました。こうした精神症状の不安定化の背景には、低体重に伴う深刻なタンパク質摂取不足があります。精神の安定に不可欠なセロトニン、意欲を司るドパミン、覚醒を維持するノルアドレナリンといった脳内神経伝達物質は、そのすべてが食事から摂取されるアミノ酸(タンパク質)を原料として合成されます。低体重状態とは、工場が原材料不足で操業停止に追い込まれている状態と同じです。どれほど本人が「前向きに考えよう」と努力したところで、神経伝達物質という物理的なリソースが欠乏している以上、脳は正常な感情制御機能を維持できないのです。

 さらに、低体重で最も危惧すべきは、日常生活における予備力(バッファー)がなくなることです。通常の体重を維持している人であれば、風邪を引いて数日間食事がとれなくても、体内に蓄えられた脂肪や筋肉を切り崩して脳へのエネルギー供給を維持できます。しかし、低体重の方はこの「蓄え」が極限まで少ないため、感冒や胃腸炎といった日常的な体調不良ひとつで、文字通り心身のエネルギーが「枯渇」してしまいます。すると脳は、生命維持に直結しない機能を真っ先にシャットダウンするため、思考停止や起き上がれないほどの倦怠感、ひどい抑うつ感に襲われることになります。うつ病の背景に通常の感冒、インフルエンザやコロナ感染症があることがありますが、そのリスクを高める結果になりかねません。精神的なストレスに対しても同様で、ショックを吸収するためのエネルギー的なクッションがないために、些細な出来事で心が折れやすくなってしまうのです。

結論として、低体重の状態を改善しBMI18以上を確保することは、単なる体型の問題ではなく、精神疾患の治療における「最低条件」と考えられます。適切な栄養状態を確保し、脳の萎縮を回復させるプロセスを経ない限り、薬物療法や精神療法を重ねても効果は不十分でっす。体重が回復するにつれて脳の機能は蘇り、症状の安定化とともに減薬の道も開かれます。「動けているから大丈夫」という主観的な過信を捨て、心身の確かな土台を作るために、適切な体重維持を治療の優先事項として捉える必要があります。

当院では以上のような背景を考慮した診療を行っております。初診ご予約希望の方はまずは診療相談または予約サイトからお問い合わせください。