高校生のメンタルヘルス
当院は原則的に成人対象のクリニックです。メンタルクリニックは児童精神科と一般の精神科に分かれ、前者は15歳未満(中学生まで)、後者は18歳以上(高校卒業後)を対象年齢にしていることが多く、その間の高校生を対象にするクリニックは比較的少ないです。
当院は高校生も診療対象にしており、来院される患者さんの一部は高校生です。高校生は思春期と大人のはざま(あるいは思春期そのもの)であり、問題や背景に大人とは違った共通の特徴が認められます。
来院されるほとんどの方は普通科なり通信制の高校に通学しておりますが、学校に行けない「不登校」が訴えの大部分を占めております。背景には様々な心理社会的要因(性格も含む)、生物学的な要因、家族関係の要因が絡み合っており、それらをひも解いて行く作業が必要になります。
不登校は短い期間であればそれ程問題にはなりませんが、長期にわたる場合、「自己の確立」といったこの時期に重要な課題に影響し、自己肯定感が得られずこころに深刻なダメージを及ぼすことがあります。例えば社会不安障害(対人恐怖症)というシンプルな脳の病気であったものが、長期にわたる不登校の結果、「自分は何をやっても駄目だ」というスキーマ(信念)が形成され問題をより複雑にして将来に影響してしまうことがあり、より早期の介入が望ましいと考えます。
また年齢的に若いため、脳の可塑性などから他の年代の方より改善する場合のスピードは早いです。必要に応じて薬物治療を行いますが、心理社会的要因が大きい場合は心理士によるカウンセリングが治療の中心になります。
治療の形としては以下のようなもので、当然ですが医学的な面と心理的な面で本人を支えることになります。心理士の先生とは適宜連携しております。
多くの患者さんに認められる問題や背景について以下に要点をまとめましたので、診察を希望される方は事前に参照ください。
友人関係のトラブル
特に女子生徒に非常に多い訴えです。「友達の輪に入れない、友人ができない、喧嘩した、はぶられた」などの理由で教室に入れなくなり結果的に不登校に至るケースです。大人からみると友人関係のトラブル程度で「そんなに大したことない」と考えることでも、非常に深刻な問題ととらえる傾向があります。
その理由として高校生は本来思春期から脱しつつある時期ですが、現実的には思春期の特性が色濃くでております。思春期はサリヴァンが唱えた、いわゆる「チャムグループ」が重要になる時期です。チャムグループとはいわゆる「仲良しグループ」のことで、その関係性の中で人格形成上の歪み、偏りを修正していくと同時に自己(アイデンティティ)を確立させていくのがこの時期の特徴です。そのような人間の発達段階の特性上、必然的に友人関係のプライオリティが非常に高くなってしまうのです。友人関係に人生のエネルギーを全振りする方もおられ、そのような方が友人関係でつまずいた場合の心理的ショックは耐え難いものになります。
解決方法はまさに個別対応でありますが、他に居場所をつくること、未来に投資すること、「友人関係」という問題を客観的に外在化して認知を修正していく作業などがあります。 他に居場所をつくる場合の具体例としては、女子生徒でも空気を読むのが苦手で同性の付き合いが苦手であれば、男子が多い世界で生きればいい訳です。男子+オタク+理系+陰キャも学校カーストでは低いと評価されがちですが、一般的には一大勢力を築いており、比較的容易に居場所をみつけることは可能になります。注意点としてSNS内で居場所をみつけることです。匿名の世界で危険であることと、相手とのほどよい距離の調整が難しいためお勧めできません。
未来に投資することとしては、高校は暗黒の歴史として損切りして、大学デビューを目指すことです。歴史的にも中世の停滞した暗黒の時代やペスト流行での人口減少を経て、ルネサンスという人間中心の文化が花開いたという流れがあります。高校は停滞の時代でもう死んだものと考え勉強に全集中して、よりレベルの高い大学や専門学校で生まれ変わりを目指すのも一つのやり方と思います。
やや高度ですが考えることが得意であれば、「友人関係」というものをより客観的にとらえ認知を修正していくこともいいかもしれません。人生100年といわれる中で、どうして高校の数年間の人間関係がそんなに重要なのか?ただ単に発達上の課題に影響されているだけなのではないのか?他人をうらやましいと思い孤独で苦しい自分自身とはそもそも何者なのか?などなど文章にし、学校やクリニックでカウンセリングを受け自己理解、人間理解を深めるのも一つの手と考えます。
勉強についていけない
高校受験で無理をしてレベルの高い高校に進学した場合や何らかの疾病を併発して遅れてしまう場合などで多く認められます。「勉強おくれても自分なりにできることを淡々とやっていく」という姿勢が確立できていればほとんど問題ないのですが、邪魔をするのが「他者(友人)との比較」です。早い子では小学生位より、点数により順位付け、偏差値という非常に分かりやすい指標での評価が繰り返しされてきて、その評価を真に受けている人が多いです。偏差値が低いことが人としても劣っていると、スキーマ(信念)レベルで考えてしまう人もおられます。
他者と比較をして劣っているとか悶々と考え焦ること自体が脳に負担となり、勉強の効率をさらに低下させていることに気付くこと、偏差値も一つの指標に過ぎないと気付くことなど、勉強ができなければ違う道を模索することも可能であること、とにかく焦らないことなどが重要です。
また、わざわざ同質の集団を作るからダメなのであって、より自由度の高い学校組織にすればいいのではないかと思います。高校に入学した時点で、どの学年でも自由に科目を選択できるなどして同じ学年で比較できないようにしてしまうのです。40や60歳の人に比べて学力が劣っていると思ってもあまり焦らないですよね。比較はあくまで同質の集団で発生しやすい幻想であることにいかに気付けるかがポイントです。
SNSへの過度の依存
高校生は成長過程であり、自我の確立が不十分で自分と他人の境界線があいまいであり、他者や周囲の環境の影響をそれだけ受けやすい時期です。簡単にいうと人のいうことを真に受けやすいのです。
SNSは匿名の世界から何を言っても平気であり、誹謗中傷、嘘、一方的な意見などが溢れており、真実の情報との区別が難しいです。フェイクに容易に騙される可能性があります。また匿名でない友人同士でのやりとりであっても、ほどよい距離がとれないが大きな問題です。普通には会えない時間帯でも会話できるため夜型の生活に拍車をかけることもあります。もともと他者と比較しやすい発達段階であるのに、インスタの情報に影響されて気分が上下して不安定になりがちです。
死にたくなっても、SNSで自殺関連のサイトに触れない方がいいと思います。様々な悪影響を受ける可能性が髙く、実際にいくつもの事件が発生しております。
現代社会ではSNSはほぼ必須のツールですが、必要以上に利用せずより賢く使うことが重要です。
生活習慣の乱れ
もともと世代的にサーカディアンリズム(睡眠覚醒リズム)が後ろにずれ夜型になりやすい時期です。早寝早起きは高齢者のサーカディアンリズムであり、高校生の睡眠のリズムではありません。
夜型がすすんで昼夜逆転になり朝起きられなくなることもあります。本来はこの世代のサーカディアンリズムに合わせて、「学校は10時開始」が望ましいと個人的には考えているのですが、世の中は「早寝早起き」の原則論で凝り固まっているので変えることは難しいです。
食事内容の偏り、運動不足、観る映像、聴く音楽なども心身の安定に影響を与えますので日々の生活で一定の配慮が必要となります。
家族関係
家族関係では親との関係が一番問題になりやすいです。背景に、家系の問題、親自身の精神疾患、経済的な問題、片親がいない、宗教二世・・・でここでは扱いきれないほどの問題があります。
一つの注意としては、子供にとって親は絶対的な存在として刷り込まれており、その呪縛に気付くことです。まずは親の特性をよく観察することからスタートです。発達障害や知的な問題の特性のため話が全く通じない場合や、こころの弱さから子に罪悪感を植え付ける毒親もいれば、逆に過保護な親もおります。
言い換えると親は正しいこともいうし間違ったこともいう未熟な成長途中の人間そのものであるといったことに気付くことです。親に対して過度に大切に思ったり尊敬したり、妬んだり恨んだりするのでなく、1人の人間として適切な心理的な距離をとって付き合うことが目標になります。高校生なので同居が基本になり物理的な距離をとることは難しいですが、心理的に自立していくということです。
また親子関係で行き詰った場合も、人生を悲観するのでなく、自分自身を成長させる機会と考えてもいいかと思います。早熟自体の問題もありますが、人生早期に人生は不条理であるという真理に気付き社会でより活躍できる可能性もあります。
トラウマについて
他者からの暴力、暴言、ネグレクト、いじめなどを契機にこころに大きな傷を負ってしまう場合です。最近はこころの問題というよりは脳の問題ととらえられ、ソマティックな身体的な治療アプローチがなされることが多いです。例え過去のトラウマ体験が終わっていると頭で分っていても、ちょっとしたきっかけで動悸であったりフリーズしたりで身体的に反応してしまいます。身体に直接記憶が残っているのです。慢性的で持続的なトラウマの影響で複雑性PTSDにまで至ると、対人関係の不安定さや感情の制御が困難になりより生きづらさを感じることになります。
様々な精神疾患の合併
当院は医療機関であるため精神疾患の合併について注意深く診断・治療を行っております。ひとつ注意が必要なのは自殺です。年齢が若いため、エネルギーが強いことと前頭葉が未成熟であるため、衝動性は他の世代よりは高い傾向にあります。アルコール摂取した人のように衝動的に自殺行動に至ることもあり注意を払う必要があります。自殺企図があった場合はクリニックレベルでは対応困難であり精神科病院へ紹介としております。または予約や初診の段階で診療をお断りしております。
不安障害・強迫性障害:頻度としては多いです。気のせいとか考えすぎで済まされている場合も多いのですが、薬物療法や認知行動療法で対処可能なケースが多いのできちんと診断・治療することが重要です。社会不安障害などで対人緊張が過度に強くて不登校になるケースもありますが、薬物療法で落ち着く場合も多いです。広場恐怖症のため、教室に入れないまたは教室の後ろの出口に近い所でないと座っていられない場合などもありますが、薬物治療・行動療法で改善するケースがほとんどです。強迫性障害でも重症であれば対応は困難で精神科病院などへの紹介が必要になりますが、軽症であればクリニックで十分対応可能です。強迫性障害で様々な強迫観念が浮かんで勉強ができないケース、部屋から出られないケースもあり治療介入により改善することが多いです。
睡眠障害:生活リズムの影響もありますが、睡眠がきちんととれず朝起きれないケースが多いです。単なる睡眠不足です。世界的にみても日本の高校生の睡眠時間は標準より1~2時間短いといわれており、まずはきちんと睡眠時間を確保することが重要です。大学受験前などで不安や緊張が強く眠れないケースなどでは薬物治療が有効であり、その使用も一時的であるケースがほとんどです。
うつ病(躁うつ病含む):まずは診断が重要です。若年者のうつ病は症状に抑うつが認められないケースもあり診断が難しいです。またうつ状態であったとしても躁うつ病(双極性障害)や気分循環症のケースも比較的多いため、きちんと診断・治療をすることが重要です。勉強のしすぎでうつ状態になるケースもあります。
統合失調症:若年発症の場合、予後が不良なケースが多くクリニックレベルで対応困難な場合が多いです。
摂食障害・発達障害・起立性調節障害:これらが主体の場合は当院では診療を行っておりません。
高校生の診療では以上の様々な観点が複合的に絡み合っているのが現状です。医療機関であるため、薬物療法含めた疾病の診断・治療が主体となりますが、心理社会的要因が背景にある場合も多く、心理士によるカウンセリングを併用するケースが多いです。診療時間やスタッフの人数などの医療資源の制限の下、対応に限界があるのも事実です。時間的制約から学校と連携した診療などは行っておりませんが、診断書の作成などは可能です。
大人の診療をしていているとよくわかるのですが、病歴で高校生の頃から精神的な問題を抱え続け、成人後も苦悩を抱えながら人生を歩んでいる方が散見されます。もっと早く気付いてあげればよかったなと思われるケースも多く、早期の介入が、よりよい人生につながることを願いながら高校生の診療を行っております。