診療案内

躁うつ病をなおす外来

躁うつ病診療で一番大切なのは、早期に確定診断をすることです。うつ病と躁うつ病は似て非なる病気なので治療方法が全く違うからです。

躁うつ病は現在双極性障害といわれますが、有病率は1%前後で比較的多い病気の1つです。病気の相によって治療内容を変えていかないといけないため治療戦略は複雑になりがちです。従来はうつ病などの気分障害の中の一形態と考える時期もありましたが現在は統合失調症に近い病態と捉えるほうが一般的です。病気としてはより精神病により近い「脳そのものの病気」と考えられます。

また病気の初発時は「うつ状態」として医療機関に来院されるため、うつ病と間違われることが多いです。

どんな病気?

「以前から気分の波が大きくて困っている」
「気分がいいときに買い物を沢山してお金を使い切ってしまった」
「イベントがあると調子よくなり元気になるが、その後は全く動けなくなる」
「テンション高い人といると気分が上がってきて、夜中も寝ないで遊んでいる」

など、何らかのきっかけ(主に対人関係ストレス・イベントなど)で気分が上がったり下がったりして日常生活に支障を来すまでになる病気のことです。気分の波の期間についてですが、数日単位から数年単位まで様々です。躁状態になって、人間関係を壊してしまったり、浪費して財産を失ったりするため基本的に治療は必要と思われます。また自殺が比較的多い病気なので自殺の予防も重要です。

原因

ミトコンドリア機能異常や小胞体ストレスなどが細胞脆弱性に関わり、その結果、気分の安定に関与するニューロンが正常に働かなくなるなどがいわれているが詳細は不明である。統合失調症に近い病態と考えられ、脳自体の機能異常を背景とした精神病ともいわれております。

症状

下記の図のように躁状態という元気いっぱいの状態と、うつ状態という鬱々として元気がない状態を周期的に繰り返す病気のことです。周期の長さは長いものは数年から短いものは数日まで様々です。

躁状態とうつ状態

うつ状態の症状については「うつ病」の項目を参照ください。
ここでは躁状態の症状について説明します。

1. 気分の高揚

楽しく嬉しく社交的・楽観的になります。高揚感がひどくなると「自分はなんでもできるのだ!」と自信過剰になり、場合により「自分は大金持ち」とか「自分は芸能人で有名人だ」と誇大妄想をもつこともあります。

気分の高揚

2. 気力と活動性の亢進

夜寝ないで活動したりします。ひどくなると興奮して人にあたり散らしたり物を壊したりすることもあります。多弁で話がまとまらなくもなり、結局何を言いたいのか周囲も本人もわからないということもあります。

気力と活動性の亢進

3. 注意力・集中力の障害

転導性の亢進ともいいますが、様々なことに関心を示し、ひとつのことに集中して取り組めなくなります。いろいろなことを同時多発的にやりますが全部中途半端になりパフォーマンスとしては決して高くはありません。

注意力・集中力の障害

4. 浪費と性欲亢進

多額の浪費を買い物やギャンブルですることがありお金を全部使ってしまうことがあります。場合により人から借金してしまうこともあり注意が必要です。また性欲が亢進することで不特定多数の方と性行為をもってしまい望まない妊娠にまで至る方、性病にかかる方などもおられます。

注浪費と性欲亢進

治療

双極性障害の治療で最も重要なのは大きな波を作らずに波をなだらかにすることです。躁鬱の気質の方は完全に波をなくすと生きた感じがなくなると話す方が多いので、完全に波をなくすことはしない方がいいかなと思います。

波をなだらかにする方法について以下にまとめます。

1. 自分が今どのような気分であるのかを言えるようにする

簡単そうですが意外と難しいです。明らかに躁状態なのにそれが分からずに「これが本当の私よ!」とかいって躁状態を楽しんで、その後にうつ状態に落ちて後悔100倍みたいな人が沢山おられます。うつ状態でもそれがうつ状態と分からずに無理に頑張って動き回ってイライラして怒っている方や、「生きていても意味がない」とか言って自殺を考える方など様々な方がおられます。どんな病気もそうですが、自分がどのような病状なのかを知ることが治療上最も重要になります。特に双極性障害では状態によって使用する薬が異なるため、自分の「気分」が躁と鬱の間のどの辺かについて把握することはとても重要なことです。

2. 薬について学ぶ、うまく使えるようにする

双極性障害で使用する薬は大きく2つのカテゴリーに分けられます。気分安定薬と抗精神薬です。これらの薬剤を上手く組み合わせて大きな波をなだらかにするのです。波をなだらかにするためには特に躁状態のときにその波を抑えることが大事です。うつ状態の時に使用する薬もありますがうつ状態は休んで回復を待つことが基本になります。繰り返しますが波を抑えるためには躁状態を抑えることが戦略上重要なキモになります。

躁状態を抑えることがキモ

気分安定薬:
代表的な気分安定薬には炭酸リチウム(リーマス)、バルプロ酸(デパケン)、ラモトリギン(ラミクタール)、リボトリールなどがあります。リボトリールは厳密にいうと気分安定薬ではなくBz(ベンゾジアゼピン系)の薬ですが作用としては気分を落ち着かせる気分安定として働くので気分安定薬に臨床上分類されます。
炭酸リチウムは最もよく使用される気分安定薬ですが、副作用が多いためやや使いづらいです。もちろん内服する量に気をつければ大した問題はありませんが、過量服薬などした時に命に関わることもあるため注意が必要です。定期的な採血で血中濃度の測定も必要になります。また催奇形性があるため妊娠することは基本的にできませんのでその点の留意も必要です。躁状態で多幸的な状態になる方によく使われます。
次にバルプロ酸ですがこれも炭酸リチウム同様に副作用はやや多く催奇形性があるため妊娠には注意が必要です。定期的な採血が必要なことも同様です。躁状態で攻撃性が上がる方や興奮が強い方によく使われます。
ラモトリギンですがこれは躁状態ではなく、うつ状態の改善や再発予防などに使用される気分安定薬です。炭酸リチウム、バルプロ酸と比較して副作用は少ないため使いやすい面もありますが、ピルとの併用や薬疹の出現に注意が必要です。

気分安定薬の副作用のまとめ<重要>

以下のような多彩な副作用があるため、炭酸リチウム(リーマス)バルプロ酸(デパケン)については数か月~半年毎の定期的な薬剤血中濃度の測定が必要となります。また妊娠可能性がある方については原則使用できませんので注意が必要です。
炭酸リチウム(リーマス):血液系(白血球増加)、内分泌系(甲状腺機能異常症、副甲状腺機能亢進症、体重増加)、循環器・腎系(徐脈、心毒性、口渇、多尿)、消化器系(吐き気、下痢)、神経系(手指振戦、認知障害、てんかん)、妊娠(奇形)、薬剤相互作用(NSAIDs、ACE阻害剤、ARB、利尿剤)
バルプロ酸(デパケン):血液系(白血球減少、血小板減少)、消化器系(吐き気、肝障害、膵炎)、神経系(手指振戦)、その他(脱毛、多嚢胞性卵巣症候群)、妊娠(奇形)、薬剤相互作用(アスピリン、ラミクタール)

抗精神薬:
抗精神薬は主に統合失調症で使用される薬ですが双極性障害でも頻用されます。双極性障害が統合失調症により近い病気と考えられていることにも合致します。双極性障害で使用する抗精神薬の代表的なものにオランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル、ビプレッソ)、ルラシドン(ラツーダ)、アリピプラゾール(エビリファイ)などがあります。躁状態の時などには高用量のエビリファイやジプレキサを使用することがありますがそれぞれアカシジア、体重増加という副作用がありやや使いづらいです。またうつ状態では抗うつ剤を使用すると逆に波が大きくなる可能性があるため抗精神薬を使用します。具体的にはピプレッソやラツーダが有効なので比較的よく使用しております。また当院ではクエチアピンを12.5㎎~750㎎の間の量で調整して気分を一定に保つことを目標にしております。気分が高い時、低い時両方で効果があるのでセルフケアの一助として自身でクエチアピンの量を調整するということを推奨しております。

抗うつ剤:
最後に抗うつ剤についてです。使用することもありますが原則抗うつ剤は使用せず気分安定薬と抗精神薬で波を小さくすることが重要です。抗うつ剤でうつ状態を改善したとしてもタイミングを間違えると躁転する結果になり逆に波を大きくしてしまうからです。

3. 生き方を適当にする

双極性障害の方の気質というか特徴に気分屋であるというものがあります。適当というかその日暮らしというかそんな感じの方々です。波人間とでもいっていいかなと思います。その日の気分によって発言内容もコロコロ変わります。職業としては創作活動をする芸術家や作家などに多い印象ですがもちろん普通の会社員や主婦でも沢山おられます。適当にやっていれば問題ないものの、他者からの抑圧や自分自身で生活スタイルなど抑制的にして我慢をしていると逆に波が大きくなる傾向にあります。特に現代社会で会社員などやっていると、「きちんと時間どおりに安定してパフォーマンスを上げる」といった波人間にはきついことも求められるため、生きづらい環境でもあります。ある程度のゆるさ・遊びというものが病状の安定に必要です。またあえて小さな波を作るなどの工夫が、大きな波を防ぐために必要なこともあります。

4. 対人関係やイベントに気をつける

双極性障害の方で波が大きくなる要因に外からの刺激というものがありますが、その中で最も大きいものは対人関係のストレスです。人に怒られたり、褒められたり、欠点を指摘されたり、持ち上げられたり、トラブルを起こしたりした場合に波が急激に大きくなる傾向にあります。また高いテンションの人から刺激を受けてそれに同調してテンションが上がっていく人もいます。苦手な人と距離をとる、SNSでの交流に気をつける、テンションの高い人に注意するなどの生活上の配慮や工夫が必要になります。特にきっちりかっちりした人は波人間と相性が合わないため、「人格がどうこう」とか「人間的にどうこう」とか言って人格否定してくることもあるので注意が必要です。また逆に波人間同士でもお互いに同調して波が大きくなるなどあるので、楽しくても距離をとることが望ましいこともあります。また楽しいイベントについても気分の波を大きくすることがよくあります。コンサート、ライブなど躁状態で調子にのって参加したとして気分がよくなっても、終わった後に疲れて比較的長いうつ状態になり後悔することもあります。
当院のHPの「セルフケア」のどこかにも記載しましたが、根本的にはエネルギーが強い人が双極性障害には多いと思います。何らかのエネルギーの塊(自分)があってそれが刺激されると爆発したり波が大きくなったりするイメージでいいのかなと思います。

エネルギーと衝動性・気分の波の関係

5. 最終的には自分で自分自身を操縦できるようにする

自分というエネルギーの塊つまり野獣を操縦すること、うまい猛獣使いになることが最終的な目標です。患者さん自らが自分の主治医になるというイメージでいいと思います。皆様の猛獣使いとしての能力が上がると、私の診療の負担は少なくなりお互いに楽になりますね。操縦するときに特に注意が必要なのは躁状態のときです。躁状態で楽しんでいるときにわざわざテンションを落とす薬を飲むというのは結構難しいことです。うつ状態は辛いので何とかして下さいと懇願する方が多いのですが、躁状態では通院もしなくなる方がおられます。躁状態の結果として人間関係を壊してしまったり、浪費してお金がなくなってしまったり、後々ひどいうつ状態になり後悔するといったことを繰り返しながら学んでいくのですね。

以上、双極性障害への治療方法についてまとめました。薬物治療が基本ですが生活習慣や対人関係の見直し、病気に対する理解も非常に重要です。この病気で当院に通院中の方にも是非読んで頂きたい内容です。

双極性障害2型について

双極性障害には躁状態がはっきりした双極性障害1型と躁状態がはっきりしない(軽い躁状態)双極性障害2型の2つがあります(厳密にはその他いくつかありますが割愛します)。1型の場合は、躁状態がはっきりするため分かりやすいのですが、診断に迷うケースは2型の場合です。

双極性障害(特に2型)について

双極性障害とうつ病では治療戦略が全く異なるために、その鑑別は非常に重要となります。
その鑑別のため以下の点に注意することが必要です。

  • 発症が若年である
  • うつ状態が難治であったり繰り返しが多い
  • 症状が非定型的(典型的でない)
  • 産後に発症した
  • 季節性である(冬に悪化など)
  • 性格が発揚気質(活動的で陽気で疲れ知らず)

うつ病と診断されてから何年も治らずに経過している方で、実は診断がうつ病ではなく双極性障害であったということがあります。また強迫性障害や不安障害の背景に双極性障害がある場合や、ADHDに併発する場合など様々な精神疾患の裏に隠れている場合があります。双極性障害の診断が遅れてしまうのは大変申し訳ないことであり、日々慎重に経過を診させて頂いております。

特に双極性障害2型については前述したように早期に診断することは難しいです。生涯発症率は5~10%程度ともいわれており(1型は1%未満)比較的多い疾患ですが、うつ病やその他疾患と誤診されるケースが多いです。双極性障害2型を見分けていくポイントとしては、前述の点に追加して以下の点も考慮する必要があります。

  • 起業家気質である、エネルギーがありそう
  • うつ状態なのに沢山話す、話が長い
  • 衝動性のコントロールが甘い:過食、過量服薬など
  • 不安障害・パニック障害・強迫性障害・ADHDの合併あり
  • 離婚・転職・引っ越し・色恋沙汰が多い
  • 環境との共振:周囲に気を使って仲良くしようと頑張りすぎる。治療者と心理的距離を縮めることを望む
  • 常に現状を変えようと試みる

このような点が診療の中で確認でき、抗うつ剤にきちんと反応せず経過するうつ状態であれば双極性障害2型の可能性があり、治療方針を変えて対処する必要があります。

また当院のようなクリニックでは、双極性障害1型では躁状態のときにきちんと対応できないことが多いです(精神科病院への転院となるケースが多いです)。結果的に2型の方の診療が多くなっております。