お知らせ

周産期のメンタルヘルスについて

2023年2月25日

 妊娠・出産・子育てという大きなライフイベントで、母親(父親も)は大きな変化を体験します。子どもの誕生は本当に喜ばしく、幸せな変化でもありますが、身体がこれまでのように機能しなかったり、心が現実に追いつかなかったりという変化もあります。それは、以前の自分を「うしなう(喪う)」体験でもあり、心理的にも大きな負担となります。

 妊娠・育児期のメンタルヘルスの不調は、親子ともにその後の人生にも影響するものであることや、妊娠中から産後1年までの母親の死因の第一位が自殺であるというデータもあります。この時期の不調は「妊娠中・産後だから仕方ない」と割り切れるものではないです。

 妊娠期・育児期の心身の不調の要因には、以下の図のように「生物学的要因」「社会文化的要因」「心理的要因」が絡み合っています。目に見えないものは強敵に思えますが、それらを紐解いていくと、付き合い方について考えられるようになります。

 特に、妊娠期・育児期については、母親には以下のような変化があります。ホルモンバランスが変わると、生活やこころにも影響があります。同様に、生活や環境が変わればホルモンバランスやこころにも影響があります。このように、この3つの円は相互に影響しあっています。

妊娠期・育児期の変化① ホルモンバランス

 さまざまな不調の根底になるものとして、ホルモンバランスの変化があります。私たちの気持ちの調節に関わるのは「セロトニン」という脳内の神経伝達物質です。セロトニンとは、簡単に言えば「不安感やイライラを抑えて、精神を安定させる」作用がある物質で、セロトニンが不足すると不安になり、多くなると気持ちが落ち着きます。女性ホルモンのエストロゲンは、このセロトニンの分泌や、とり込み口となる受容体を増やすといわれています。なので、女性ホルモンのエストロゲンが減ると、セロトニンも減少します。PMSでこれを経験する人も多いですが、妊娠中から出産後は月経時よりももっと大きな波になります。出産と同時に女性ホルモンのエストロゲンはガクンと下がってしまうために、脳内のセロトニンも足りなくなってしまい、産後は多くのお母さんが一時的に情緒不安定になるのです。 また、オキシトシンというホルモンは愛情ホルモンとも呼ばれ、赤ちゃんのことを愛おしく思ったり幸せな気分になることに関係していますが、

そこに、育児のストレスや疲れが加わると情緒不安定に拍車がかかり、これが産後の「マタニティブルー」といわれます。そしてそれが1ヶ月近く改善されずに続くと、「産後うつ病」と診断されます。

妊娠期・育児期の変化② 生活リズムと環境

 ホルモンバランスの乱れという私たちの身体の根幹が揺らぐ事態の中でも、赤ちゃんのお世話は待ったなしです。睡眠は不規則になり、食事もゆっくりできない生活が続きがちです。これまでやってきたリフレッシュ法がさまざまな制約によって使えなくなったり、対人関係が変化して自分が自分でなくなるような感覚をもつ方も多くいるかもしれません。

妊娠期・育児期の変化③ こころ

 妊娠が判明した時から、母となる心の準備が始まります。期待と恐怖が入り混じる中で、母親としてのアイデンティティを形成していきます。産後は生活スタイルや対人関係が一変し、予測不能な育児が24時間休みなく続きます。こうした中では自己肯定感が揺らいだり、子どもの命を守るために警戒心や不安が高まったりしやすくなります。周囲の理解やサポートを得ながら、「まあ、いっか」と思えるようになると少し楽になりますが、罪悪感や自己否定のループに入ると、ますます悪循環となります。

ーー当院でできること

 この時期の母親にとって、母親という役割を「いったんおろして見つめる時間」を作ることはとても大切です。当院では、今の時代を生きるお母さんにとって、物理的・心理的な負担が軽いサポートをできるよう対面とオンライン形式でカウンセリングを行っています。

また周産期のカウンセリングについて希死念慮がある産後うつ病など重症な場合は対応困難です。

 カウンセリングは、「相談する」「頼る」という明確な目的ではなくても、「自分の時間をもつ」ということの延長線で利用してもらえればいいかなと思います。ある患者さんが、心理士とのカウンセリングの時間は、「相手がどう受け取るか気遣わずに話せるからいい」と仰りました。心理士が目の前にいるので、「孤独ではない。けれども私ひとりの時間」という独特さがあると思います。このような時間の中で、お母さんの役割をひとときおろして、整えて、そろそろ家に帰ろうかと思えるよう心理的サポートができたらと思います。授乳しながらでもお茶を飲みながらでも構いません。

 来院を迷われる方は、ご自分の状態を知るために、下の「エジンバラ産後うつ病問診票」をやってみてください。日本では、産褥1ヶ月に使用されますので、入院中や健診等でやったことがあるかもしれません。9点以上なら産後うつ病の可能性が高いとされています。

そのほかにも、以下の項目に10個以上チェックがついて、その状態が2週間以上続くときはうつ病の可能性があります。まず来院してみることをおすすめします。

 うつになると、やる気がなくなったり、自分はだめな母親だと思ったり、イライラしたりします。ですが、それらはあなたそのものに問題があるのではなく、うつの症状として出現しているものです。早めに適切に対応することで、今後の子育てや人生がより楽なものになるきっかけになるかもしれません。